ビルの屋上から空を眺める。

延々と続く春の空、

ぽつり、ぽつりと鏤められた白い雲。

その光景を眺めていると、どこか趣を感じる。

この趣を感じる心には余裕がまだある。

今の現実世界にその趣を感じるほどの余裕は無い。

世界はめまぐるしく動いている。

人が動く、物が動く、数字が動く、

情報が動く、企業が動く。

そこに、趣などというものは存在しない。

人々は趣を忘れる

その現実はどこか哀れに思えてくる。

自分もまたその現実の歯車の中にいると思うと、

尚更そう感じる。


(あぁ、眠い)



春のぼんやりとした青空の下で眠るのもまた趣がある。

青年は惰眠を貪る。

春のここちよい眠り、春眠という。




はっ!と目が覚めると、フェンス際に

一人女性が立っていた。

切なそうに景色を眺めている。

目が覚めたばかりなので、

夢か現か判断がつかない。

とても綺麗な女性だ。

麗らかな天候の下、

女性が切なげに景色を眺めているその姿、

春愁…これもまた趣がある。

はて?頭がさえてきてもまだ女性が見える。

ここは現の世界のようだ。

このまま女性を眺めているのも一興だろう。

青年はしばらく女性を眺める。

この女性は心中になにを思い景色を眺めているのだろうか。
切なげなその姿は、淡くはかない。
青年の脳に身投げの三文字がよぎった。
青年は、そこに女性らしさを見出だした。
悲恋・・・、

その絶望に悩む女性がその苦しみから逃れるために命を絶つ。
悲劇であり、詩的である。

女性の恋はそれだけでも詩になるものだ。
だが、その後すぐに現実に引き戻される。
女性が落ちれば、警察が動く、医者が動く。

それはもう現実の世界。
だが、女性は詩の中で一生を終えることになる。

これは、現実の歯車から抜けだし、

永遠に拒絶する一つの手段、

青年はそこに気づきはっとなった。
けれど、歯車から抜けるのに自分の命を絶つ

・・・どこか、皮肉を感じた。
青年は、自分も詩的に終わらせるために、

女性が身を投げた後

すぐにここを去ろうと思った。

そこまでするのは酔狂だ。

そうは思うが現実の世界に

戻りたくはないのが青年の本音だった。

まだまだ、詩などの趣の世界にいたいのである。


そこで、青年にとって思いも寄らぬことが起こる。
なんと、その女性が青年の方を向いたのである。

女性と青年の目が合った。

しまった!?と青年は焦る。


(もし、このまま身投げでもされたら

…僕は一生この女性に囚われることになるだろう…。

それは、悲劇だ。

それも、詩的でもなんでもない、ただの悲劇だ!)


それは、青年にとって恐怖だった。

何故なら、ただの悲劇とは、

意味もなく苦しむだけの未来だからである。

すると、その女性は微笑を浮かべてこう言った。



「ねぇ、私と一緒に行きませんか?」



そう言って青年に手を差し延べた。



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