今年の夏、どうしても日本へ帰りたかった理由があります。


それは、日本の学校で、長男が小学校1年生だったこと。

そして、次男が3歳だったこと。

まだ「今」だったら、日本語を習得できるのじゃないかと思ったのです。


長男には、生まれてから、なるべく日本語で話しかけていました。

一つの言語で過ごす子供に比べて、やはり言葉は遅かったと思います。

でも、日本語もイタリア語も理解はしているようでした。

話す言葉は大半はイタリア語でした。

3歳半から、10ヶ月間を日本で過ごしました。

9月初旬に日本に帰国、11月下旬、私が次男出産の入院するまでに、すっかり日本語を話すようになっていました。

数ヶ月間、日本へやって来た夫とは、イタリア語を話していました。

そして、翌7月イタリアへ帰国しました。

9月に始まる幼稚園生活に向け、家で私もイタリア語を話すようになりました。

(夫が出張ばかりだと、やはりイタリア語力が乏しいなぁ・・・と思ったので)

幼稚園でのコミュニケーションが難しいと、皆と仲良く遊べないんじゃないかと、仲間に入れないんじゃないかと、私が不安になったのです。

でも、これが大きな間違いでした。

それから、長男は日本語を話さなくなりました。

そのためか、日本からの電話を逃げるようになりました。

意思の疎通ができないのが、嫌だったのだと思います。


次男にいたっては、マッタク日本語は理解できなかったし、「おはよう」「おやすみなさい」以外は、全く言えませんでした。

そりゃそうです。

兄と母がイタリア語で会話しているんですから・・・(汗


この6月に、日本へ帰国した時は、家族とまったくコミュニケーションが出来ませんでした。

いつも私が通訳しなくてはいけない状況。


・・・・・が、


いつの間にか、日本語がペラペラになっていました。

長男の「ワタシ」が、小学校へ通い始めてから「ボク」に変りました。

男言葉が増えました得意げ

次男のボキャブラリーが、驚くほど増えました。

会話には、まったく問題ありません。

まだ、「食べるじゃない」とか「見るじゃない」と、おかしな文法も使っているけど、日本語を理解できるようになりました。

でもこの間、兄弟で話す言葉は、イタリア語でした。


そして、またイタリアでの生活・・・・

昔、長男は「日本へ行ったら、日本語話すけど、イタリアにいる時は、イタリア語を話すの!」と言って、絶対人前で日本語を話しませんでした。

それが今では、先生や友達の言葉を、日本語で私に伝えてくれます。

友達が近くにいても、私には日本語で話そうとしています。

大進歩ですグッド!


そして、日本とのビデオチャット・・・・

二人とも、PCの前にすっ飛んできます。

だって、話したいことがいっぱいあるんだもん!!

子供は、吸収も早いけれど、忘却も早いらしい(もちろん、大人もだけど・・・・苦笑)

これからは、今頭にある日本語が消えないように、日本語生活続けなくっちゃ!!




エレファン 035


ミラノはすっかり肌寒くなりました。