2001年冬。

夫が会社で読んでいた新聞で、「日本人求ム」という広告を偶然見つけました。

長男、生後7ヶ月の頃です。


「子供とずーっと家に閉じこもっているより、外へ出た方が良いよ」


と勧めてくれました。

イタリアへ来てから、別に語学学校に通うこともなく、そして、長男を妊娠したので、外との繋がりがマッタクありませんでした。


夫が電話でアポを取り、夫に付き添われて面接へ行きました。

「で、仕事はいつから?」と聞くと、

「明日・・・・は休みだから、休み明けからで」


そして、私は12月27日からパートとして働くことになりました。


仕事内容は、ブランド(服・コスメ・家具)のリサーチ。

雑誌に載っているブランド名を、PCへ入力するのが、私の仕事です。

雑誌は、もちろん日本の雑誌で、一ヶ月5冊・・・プラス他の国の雑誌もモニターします。

最初は、タダで雑誌が読めることが、とっても得した気分でした。

私のいるフロアーだけで、70人ほどの社員がいました。

ほとんどが女性で、男性の8割はゲイの人。


ココで、私はいろ~んな俗語を習いました。

俗語ナシで会話が成り立たないくらい・・・(苦笑)

同年代の女子もいたけど、やっぱり私は子持ち。

会社終わりのお付き合いは、ほぼありませんでした。

ここの社員の独身率、かなり高いです。それは、今も7年前と変わりなく・・・デス。


そして、次男を妊娠して、日本で出産することになったので、私は会社を辞めました。

次男が7ヶ月の頃、イタリアへ戻ってきて、その数ヵ月後、会社から電話がありました。

私の後任だったオーストラリア人(日本に留学経験があって、日本語ペラペラ)が新婚旅行で1ヶ月留守になるので、1ヶ月だけピンチヒッターで来て欲しいとのコトでした。

そして、またその数ヵ月後、やっぱり日本人である私に、日本雑誌の仕事復帰して欲しいと話がありました。

そして、この時の条件に、 「在宅で」を付けました。



次男が2歳だったので、保育園に預けて、私の在宅ワークがスタート。

そして、今に至ります。


イヤなコトもいっぱいあって、納得できないコトも山盛りで・・・・でも、それでもココの仕事を続けるのは、やっぱり<在宅>ってコト。

子持ちにとっては、やはり時間の融通が利くのは、とってもアリガタイです。

特に、子供が病気になったりするとね。

日中仕事が出来なくても、子供たちが寝静まってからできるわけで・・・・。



転職できない別の理由。


それは、自分が何をしたいのかが、未だに分からないから。

一体何歳なの、私?( ̄Д ̄;;




job 005

あ~、大量の雑誌・・・楽しみながら読めればいいんだけど・・・なぁ。

ってか、こんな写真撮ってる間に、仕事しろっつーの!



ヒマワリ

今日も来てくださって、ありがとうございます。

皆さんとの会話を楽しみにしているsatoですが、<コメント欄>を閉じることにしました。

苦悩の決断です。

会社の不手際により(!)、帰国直前の今、大量の仕事がやって来たからです。

仕事が一段落すれば、また<コメント欄>をオープンしたいと思います。