音楽(ヴァイオリン・ピアノ)教育、IBスクールの教育・・・
何にも知らない私が子育てを通じて、子供の成長と共に
曲りなりに作ってきた環境・・・
その犠牲者第1号の娘が、今それらの教育を受けて来た事を
どう思っているのか。「海の向こうの娘より」と題して
滅多に聞くことのない『教育を受けた側の生の声』を
8回に分けて過去記事で取り上げてきました。
私が娘にこの記事を依頼しましたが、決して良かった事を
書いてほしいとか、宣伝をして欲しいとか、そう言う事では
ありませんでした。良くなかった事は良くなかったと、
嫌だった事は嫌だったと、良かった事は良かったと…
ありのままの感覚で書いて欲しいと思いました。
ですから、8回に分けて娘の言葉をそのまま皆さんにお届け
しました。
が、娘の言葉にもまだまだ隠れている事はたくさんあります。
もちろん全部を書く時間が彼女にはありません。教育を受けた時は
まだ幼かったので、全てを鮮明に覚えている訳でもありません。
幼児教育とはそんなものだと思います。
そこで、それぞれの時期の詳細、その頃の彼女の様子、親として
対応してきた事など、もっと詳しく皆さんにお伝えしようと思います。
________________________________________
12歳、大阪市内の公立中学校に入学。
ひょんなことから仲良しグループからはじきだされて、
環境になじめず、登校拒否。
幸い母が協力的だったので、家で家事をしたり、
ヴァイオリンを弾いたり、好き勝手に生きる。
たった数行で綴られてこの出来事ですが、実際はもちろん
数行で片付くような話ではありませんでした。
小学校の4,5年生位までは男子も女子もそれ程区別も
無くまとまっていましたが、5年生ともなれば女子に
大きな変化出てきます。グループ化も始まりいじめなどの
問題も起きたりしだします。
娘もそんな時期を迎えて、だんだん学校に興味が薄くなりつつ
ありながらの中学進学でした。
中学では以前よりもあまり活発な活動をしない様になっていました。
目立つと色々問題が起きるのがいやでそうしていた様に感じました。
2年生の時だったと思います。担任をあまり快く思っていなかった
様です。周りの生徒達も同じで先生の悪口が横行していました。
その悪口がかなりエスカレートして来た頃でした。
娘は陰で悪口を言う位なら「先生に直接言おう
」と皆に持ちかけましたが
もちろんそんな事をする子は誰もいず・・・

その後、先生から嫌がらせを受ける様になりました

2年生の2学期の途中頃だったと思います。
「学校へ行きたくない」
と言う言葉を聞きました。
まずは娘の話を聞きました。
次に家に居ても楽はできない事を伝えました。
学校に行かないなら自分で学校の勉強をする事
もちろん家にいるなら家事を全部する事
生活は学校に行っている時と同じようにする事…
かなりたくさんの条件を出しました。
楽だから家にいる
・・・なんて事では困ります。本来でしたら、無理にでも学校に行かせるのでしょうけど
私はそんな気持ちになれませんでした。
娘の言い分もある程度理解できましたし、無理に登校
させても解決できる問題でも無いと感じました。
学校での辛さは本人にしか分からない事もあります。
いじめで殺されてもおかしくない世の中です。
命と引き換えに登校させる勇気は私にはありません。
娘は私の出した条件を全て飲んでも学校へは行かない方を選択しました。
こうして娘の登校拒否は始まりました。

私からの情報・・・役立つな~と思って下さる皆さん!!
是非、こちらも1クリックお願いします。
一人でも多くの方に見て頂くチャンス作りになりますので、
是非ご協力下さいね!!
