音楽(ヴァイオリン・ピアノ)教育、IBスクールの教育・・・
何にも知らない私が子育てを通じて、子供の成長と共に
曲りなりに作ってきた環境・・・
その犠牲者第1号の娘が、今それらの教育を受けて来た事を
どう思っているのか。「海の向こうの娘より」と題して
滅多に聞くことのない『教育を受けた側の生の声』を
8回に分けて過去記事で取り上げてきました。
私が娘にこの記事を依頼しましたが、決して良かった事を
書いてほしいとか、宣伝をして欲しいとか、そう言う事では
ありませんでした。良くなかった事は良くなかったと、
嫌だった事は嫌だったと、良かった事は良かったと…
ありのままの感覚で書いて欲しいと思いました。
ですから、8回に分けて娘の言葉をそのまま皆さんにお届け
しました。
が、娘の言葉にもまだまだ隠れている事はたくさんあります。
もちろん全部を書く時間が彼女にはありません。教育を受けた時は
まだ幼かったので、全てを鮮明に覚えている訳でもありません。
幼児教育とはそんなものだと思います。
そこで、それぞれの時期の詳細、その頃の彼女の様子、親として
対応してきた事など、もっと詳しく皆さんにお伝えしようと思います。
では1回目です。
プロローグ<経歴>
・音楽編<まずは音楽を楽しむ心を>
・英語編<英語は勉強するものじゃない!>
・IB編<生きることを学ぶ>
・フラッシュカード編<一生ものの知識を贈る、魔法のカード>
・エピローグ<母のもとで育って>
「蛙の子は蛙じゃない!」読者のみなさま、こんにちは!
今日はsatomimamaに代わりまして、私Nattieがお送りいたします。
Nattieは彼女のニックネームです。なかなか日本名『菜月』
は外国人にとって発音が難しい様です。タイのインターナショナル
スクールの卒業式の際もスクリーンに出ていた名前は、なんと
「Nachiki」でした。そう言えば「北島」が「Kitajimo」になって
いた事も。
その辺は至って大らかです。
私もそんな事はそれ程拘りません

「誰それ?私は情報満載のsatomimamaの記事が読みたいのに!」・・・
と思ったそこのあなた。これを読んでみて損はありませんよ。
だって私は、satomimamaの教育法実験台の第1号なんですから。
我が家は只今4人家族(私と子供3人、愛犬が3頭の大家族?(^^))
娘は皆さん御存じの様にFijiで就業しておりますので、
厳密には私と子供2人と愛犬3頭で暮らしております。


記事には何度も出てきているので、
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、
簡単に私の経歴をご紹介したいと思います。
5歳、ヴァイオリンとピアノをはじめる。
ヴァイオリンに関する記事にてご紹介しましたが、
私は全くの『音楽ど素人』ましてやヴァイオリンなんて
低階層級暮らしの私身には思いもよらぬ展開!
全く音楽には関心がなかったのですが、ドーマンプログラムの
講座を受講した際(ビデオだったので驚きましたが)に
隣に座った方が大阪の方で大学でピアノ講師をして
いらっしゃいました。その方の勧めであれよあれよと
いう間にヴァイオリンをはじめその後ピアノを
始める事になりました。
ピアノもヴァイオリンもそれなりに大変でした。
その辺は又、ヴァイオリンとピアノについて
お話する時に詳しく・・・お楽しみに

6歳、大阪市内の公立小学校に入学。運動は苦手
でもなかなか活発な子で、高学年になるとクラブの部長や
児童会長を喜んで引き受ける。
よく言えば積極的、悪く言えば目立ちたがり(笑)
この経歴では割愛されていますが、幼稚園時代の
彼女は非常に面白かったですよ。
私は私学への興味が全くなかったので、近くの公立へ
進みました。ヴァイオリンやピアノをしていた事で
いくつかの私学のお子さんともお知り合いでしたが、
正直、驚くほどお行儀が悪く、言葉遣いも信じられない
状態…後に私の教室で色々ご指導する機会があった際も
感じましたが、非常に程度は悪かった記憶があります。
やはり入れなくて良かったと思ったのが正直な所でした。
彼女が幼稚園くらいまでは大阪の南部の方に住まいして
いましたが、ピアノの先生から「大阪市内に良い学区が
あるからいらっしゃいよ。」と勧められ、丁度転居を
考えていた時期ですし、私はずっと仕事を持っていたので、
大阪市内の方が色々な意味で便利が良いだろうと
転居しました。
『良い校区』と言われていましが、実際はそんな事は
ありませんでした。俗に言うブルジュア思考の強い方
が大勢いらっしゃるエリアでした。塾通いとブランドの
お洋服、ブランドのお稽古に血眼になっていらっしゃる
方々が多いだけで「良い校区」とは微塵も感じません
でした。
小学校の途中で一つ隣の校区になるエリアに住所を
移すことになりました。同じ文教地区の小学校ですが、
前の学校よりは多少、庶民派の方も多く、ご父兄の
色も分かれていました。
担任の先生に恵まれた事もありました。児童会長を
したり、クラブの部長をしたり・・・いつも友達が
うちに集まっては学校の延長の様に色々な活動に
花を咲かせていました。
比較的おとなしく、素朴な感じの娘ですが、責任感の
ある事や、活発に活動に取り組む姿勢はある子でした。
そのため色々な役をお受けする事も多かったのでしょう。
でも、この頃から既に日本の教育に関しては疑問点を
持っていたようです。小学校6年間ですので、それなりに
色々ありました。インターナショナルスクールでの
『努力に対する評価』を重視する事に対して、非常に
前向きに取り組めたのは、小学校での出来事も関係して
いると思います。中学校ではもっと悲惨な事がありました
ので、その気もちに益々拍車がかかったのだと思います。
こんな時間なのにアポが入りました。
今から仕事にでますね。
続きは又明日。

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