前回、ご紹介した「蘇水峡橋」。

 

その続きにある『蘇水峡トンネル』も

やっぱり紹介しておかないとね。

 

場所はここ

 

蘇水峡橋を渡り終えた時点で、

もう目の前にいてくれる。

 

そして正対。

元は鉄道用にあったトンネルなので、馬蹄型の坑口がナイス!。

坑門はコンクリート製。

 

扁額はトンネル名ではなく、「関西電力」さんの社章です。

この元・貨物資材運搬線もトンネルも造ったのは関西電力さんだから、

そりゃこの扁額も誇らしげに見えます。

 

では、お邪魔します。

天井灯が道なりに右へカーブしてるのもイイ感じです。

 

もう少し進んで。

 

そこからの振り返り。

トンネルからすぐに蘇水峡橋へ。

 

もう少しだけ進むと、

有名な「二股のポイント」地点。

 

さらに進んでの振り返り。

ここが有名な二股のポイント。

左が入ってきた県道。

右は旧八百津発電所への通路。

 

知らずに入ってきた人は、

一瞬ビックリするよね。

 

もう少し引くとこんな感じ。

 

さて、改めて西側出口をめざしましょう。

このあたりは天井からの漏水が目立ちます。

場所によっては音をたてながら、樹脂製のパネルと壁の間を

ボタボタと落ちてきます。

 

西側の坑口が見えてきた。

このあたりも漏水がヒドイです。

 

さあ、もうすぐ出口。

 

そこからの振り返り。

 

抜けた先。

イイ感じの切通し。

石積みも萌えます。

 

振り返って西側の坑口。

 

さらに少し進んでの振り返り。

こちら側は落ち葉と山からの水で、べっしゃべしゃでした。

 

おしまい。

こんにちは。

「仕事が忙しくて・・・」と言い訳をして、

久しぶりの投稿になりました。

 

今日の訪問は「蘇水峡橋」。

 

現在の丸山ダム建設工事線として敷設された鉄道線

(丸山水力発電所工事用専用鉄道)の木曽川に架かる橋を、

廃線後に一般道用に改修・転用したものです。

 

蘇水峡橋(そすいきょうはし)

 架設年度:1954年(昭和29年)

 橋長:95.2m

 幅員:4.9m

 路線:岐阜県道井尻八百津線(県道358号)

[2024年 全国橋梁マップから引用]

 

自転車小僧だった自分は、中坊の頃(1970年代後半)

からこのエリアを走っていましたが、

当時はこの橋が「鉄道からの転用橋」などとは

まったく知りませんでした。

 

時代は流れてあれから半世紀とちょっと。

 

いつものように八百津町の市街地から

岐阜県道358号「井尻八百津線」を走って東側からのアプローチ。

個人的に、橋の手前の『この左カーブ』が大好きです。

当時(1970年代)は、この道路を挟んで両側にキャンプ場がありました。

 

そして正対。

 

左側にはいろいろと情報が・・・。

 

さっそく観察。

まず左岸上流側の親柱。

 

ひらがな表記で「そすいきょうはし」

 

左岸下流側の親柱。

河川名が「木曽川」

 

では、おじゃまします。

向こう側の山の中腹まで一気に延びるストレート。

 

ここで振り返り。

 

上流側の景

 

そして下流側の景

右に見える白い建物は「旧八百津発電所」。

今は資料館として八百津町が維持管理されてみえますが、

耐震強度の問題から平成30年12月より閉鎖されています。

 

そしてここでも振り返りの景

 

この先は

 

さらに、

渡り終えると今度は隧道が待っていますが、

こちらは次回にご紹介。

 

渡り終えて振り返り、右岸上流側の親柱。

逆光で、ぜんぜんわからない。

なにか書いてあったのかも覚えていません。(ゴメンナサイ)

 

右岸下流側の親柱。

 

漢字表記で「蘇水峡橋」

 

最後にサイドビューからの全景。

真っ赤な鉄骨アーチが美しいです。

 

この蘇水峡橋は前述したように鉄道橋を道路橋に転用したもの。

鉄道橋としての完成が1953年(昭和28年)で道路橋転用が1954年(昭和29年)。

 

実質1年しか鉄道橋としては使われなかった??

 

この橋を丸山ダム建設のための資材を満載して貨物列車が走っていた姿、

自分が生まれる前だけどぜひ「生」で見てみたかった。

 

おしまい。

 

わたくしの住んでいる町の隣町ともいえる「八百津町」。

 

国道418号や岐阜県道352号(大西瑞浪線)を代表する『道屋さん』、

丸山ダム・新丸山ダムといった『ダム屋さん』、

旅底橋・五月橋といった『橋屋さん』、

蘇水峡トンネルや二股トンネルといった『穴屋さん』、など

町内には「有名物件」や「レア物件」がいくつかございます。

 

しかしながら、あまりにも地元!感があって

見慣れた景色という気持ちが先に立ってしまいます。

 

今日、ご紹介する「油皆洞橋」も幼少のころから見ているもの。

 

丸山ダム方面から西へ向かって八百津町の市街地方面へと走った、

ファーストコンタクトがこれ。

可愛らしい印象のポニーワーレントラス橋。

この道も少し前までは、れっきとした国道418号でした。

 

2024年度 全国橋梁マップによりますと、

架設年度 1954年(昭和29年)

橋長 30.6m

幅員 3.6m

とありますがもう少し掘り下げてググってみますと、

 

1885年(明治18年)にイギリスで錬鉄された鉄道用の橋を転用したもの・・・

と出てきました。

明治18年は今(2026年)から141年前・・・

スゴイなぁ・・・

 

「鉄道橋」っていわれると、武骨で幅広い鉄材も納得いきます。

 

これが上流側の高欄。

 

こちらが下流側。

 

左岸、上流側の親柱。

 

お名前は『油皆洞橋』

石造りってところがいいですね。

 

左岸、下流側の親柱。

 

お誕生日は昭和廿九年一二月

 

この橋の一番の特徴は、この『ボルト』と『リベット』でしょ。

萌えますね。

 

 

中ほどからの振り返りの景。

 

上流側の景。

上流側に歩道橋があります。

 

下流側の景。

植生が鬱蒼としてわかりにくいですが、目と鼻の先が「木曽川」です。

 

抜ける先の景。

 

抜けてからの振り返りの景。

 

右岸上流側の親柱。

 

河川名は「油皆洞川」。

 

右岸下流側の親柱。

 

「ゆかいどうはし」。

 

全国橋梁マップでは「ゆがいとばし」になっています・・・

こういう場合は、現地優先ですね。

 

ところで、気になることが・・・

 

この可愛らしいポニーワーレントラス橋は、

1885年にイギリスで錬鉄された後に

どこで鉄道橋として架橋されていたんだろう??

 

その履歴が知りたい!!

知っている方、教えてください。

 

おしまい。

 

さて、

先日の猪谷駅訪問は、ずいぶんと堪能させてもらいました。

 

猪谷駅「駅舎編」はこちら。

猪谷駅「ホーム編」はこちらから。

 

富山方面へとホームを見学している時に、

「「何だろうな」」っていうヤツを発見。それがこの景。

(車両の停止表示じゃないよ、その奥です)

この写真でいうと、左の土手から水路橋みたいなヤツが構内を横切ってます。

 

 

近づいて、

なんと・・・

4本の橋脚?が古レールやん!!

 

もちろん線路には降りられないから

もう一度、駅舎の方に戻って見てきました。

 

これが全体の景。

「「Yの字」」がキレイに並んでます。

 

 

下から。

 

 

 

刻印を探したら、やっぱりあった。

見にくいかもしれませんが、右の古レールに刻印があります。

 

そしてこちらにも右側の古レールに刻印があります。

 

駅構内を横断してきた水路橋は、ここで直角に降ります。

 

 

そして「ザバザバ」と流れて行ってます。

 

なぜ??ここに??

 

単に山からの水を、構内を横切って逃がしているだけかもしれませんが、

そこに古レールが使ってあるとは・・・。

 

キレイな女性の「華奢な足元」にも見える古レールの佇まい(笑)が

想い出のひとコマになりました。

 

おしまい。

 

 

前回の猪谷駅「駅舎編」はこちらからどうぞ。

 

さて、駅舎の中を見た後はホームに行きましょう。

まずは、構内踏切で3本の線路を渡ります。

 

 

ホームが遠くに感じます。

 

渡り終えての「高山方面」。

左の奥に見える建屋は何でしょうね。

 

そして「富山方面」。

奥には係留されている、JR東海の「キハ25系」が見えます。

 

更に駅舎の方を振り返って。

いかがでしょう?

上の3枚の写真から、操車場がとても広いことが伝わりますか??

 

やはり、神岡鉱山全盛期の貨物取扱量が相当に多かったんでしょうね。

 

さて、ホームにあがっていきましょうか。

駅舎に近い、向かって右が1番線。左が2番線。

1番線は高山方面の上り線。2番線が富山方面の下り線。

 

先に上り方面(高山方面)のホームの先端まで行きます。

 

フェンスがあるところは「神岡線」(後の神岡鉄道)のホームでした。

こちらは2006年(平成18年)12月1日に廃止されてしまい、

現在は線路も無くなってしまってます。

 

ホームの先まで行って。

 

そこからの振り返り。

ずいぶんと駅舎が小さく見えます。

 

続いて下り方面(富山方面)のホームの先まで。

 

 

おやおや、奥にもう一編成のキハ25がいます。

 

 

そしてそこからの振り返り。

 

静かです・・・。

本当に静かです・・・。

 

これで終わる予定でしたが気になるものがあったので、

次回【番外編】でご紹介します。

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

高山本線の岐阜県側から富山県に入ってすぐの駅が

ここ、猪谷駅。

 

JR東海とJR西日本との境界駅。

駅舎の管理はJR西日本。

 

1930年(昭和5年)11月27日、開業。

 

神岡鉱山の物資搬入中継地点の駅として位置づけられ、

貨物の取り扱い量は相当なものだったようです。

 

現在では貨物の取り扱いも廃止されましたが、

とにかく操車場がやたらと広いんです。

(このあたりは後日の書き込みで紹介します)

 

今ではすっかりと静まり返ったローカルな駅。

 

2013年8月に自転車旅行で立ち寄った際の写真がこれ。

頭上の駅銘板が手書きで迫力があります。

 

そして、2026年5月の駅舎の写真。

駅の入り口付近がキレイにお化粧直しされていましたが・・・

頭上の駅銘板までが現代のモノに変わってしまってました。

 

 

駅舎の全景がこちら。

 

 

正面入り口。

 

 

正面、やや左から。

塩ビ製の波トタンが雪国を物語ってます。

 

 

建物財産標がありました。

詳しい内容はわかりませんが、

『昭和5年11月』に建てられた『駅本屋』ということは

自分なりに理解しました。

 

ちなみに、駅本屋(えきほんや)は鉄道用語で

「主要な施設が入った建物」と解されています。

 

 

駅前の景。

左に郵便局、右に土産物売り場。

もう少し奥には「猪谷関所館」という地域の歴史博物館があります。

 

 

駅舎の中は待合所と売店跡の自販機コーナー。

 

 

 

では、ホーム出てみましょう。

 

【「ホーム編」につづく】

 

 

 

 

 

2022年11月8日、

福井県大野市から国道157号を走行し、

温見峠を使って岐阜県へ走った時のこと。

 

大野の市街地を抜けて山岳地域に入ると、

真名川ダムがある。

 

ダムの天端を使って対岸の林道らしき道に入ります。

 

見えてきた景色がこれ。

風格のある上路トラスの橋。

 

場所はここ。

 

正対します。

橋の手前のコンクリート製「駒止め」もいい雰囲気です。

高欄上部も等間隔でへこんでいます。雪の重みでしょうか?。

 

親柱は、

「持篭谷橋」。

 

谷の名前は「持篭谷」。

 

上流側の景。

 

 

そして下流側の景。

すぐ先が「麻耶姫湖」。

 

橋の中ほどから先の景。

 

そこからの振り返り。

高欄の波打ち状態が芸術的にも見えますが・・・。

 

渡った先の親柱。

「昭和四十六年十月完成」

 

こちらはかな読みで「もつかだにばし」。

 

渡り終えての振り返り。

秋の終わりの奥越地方。

物悲しさを感じます。

 

ちなみに、

グーグルマップのストリートビューを見ますと、

最新(2025年7月)の日付ではこのガードレールの高欄が

ポール式のようなものに変わってしまってます。

 

 

 

おしまい。

久しぶりの草ヒロ投稿。

 

畑の倉庫として、余生を送られている。

もう何年もここにいらっしゃるのだろう?

 

2代目トヨタ・タウンエースバンDX(デラックス)

フロントマスクが見えないほど「緑色の支柱」が置かれて、さらに蔓が伸びている。

 

1980年代は車全体が角ばったデザインが流行ったころ。

当時はこのような箱型のワゴンやバンは『ワンボックス』と呼ばれていました。

そしてボディの横にはサイドストライプがおしゃれなワンポイントでした。

 

 

リアウインドから中が見れますが、いろいろギッシリ詰まっています。

 

こちら側も緑色の支柱がたくさんもたれかかっています。

これからも静かに余生を過ごしてください。

 

おしまい。

 

 

里山の集落で見つけた昭和のホーロー看板。

 

1968年発売のボンカレー。

発売当初から女優の松山容子さんがパッケージモデルを

務めていらっしゃったようで。

 

『牛肉 野菜入り』ってあるけど、

昭和の中期ぐらいだと牛肉のカレーって高級品だったよね。

 

髪型もお着物も激シブです。

 

松山さん、いつまでもお元気で。

 

2026年1月1日「旅足橋」の後に訪れたのは、湯谷橋。

 

ちなみに、

2023年12月31日「湯谷橋」はこちら、

2024年1月1日「湯谷橋」はこちら、

2025年1月1日「湯谷橋」はこちら。

 

この湯谷橋は旅足橋のようなお化粧直しの塗装工事も終わっているようで。

冬枯れの景色の中で、真っ赤な姿が異様なまでに目立ちます。

 

近づいて。

 

そして「おにぎり」と並んで正対。

さて、渡りましょう。

 

真ん中付近からの振り返りの景。

 

真ん中付近から東側の景。

 

この青看板も相変わらず、お元気のようで。

 

渡り終えての振り返りの景。

 

少し回り込んで、左岸上流側からの景。

 

左岸下流側から。

 

最後はこの先のR418の景。

 

ゲートまで近づいて。

まるで時間が止まっているような、

静かな・・・、静かなひとときでした。

 

おしまい。