『お説教おばちゃん』
ってこの時代、『珍しい』珍獣になりましたねw
今日は、以前『タクシー代がないの』と言ってワンワン泣いていた女の子と久々に会って
話を聞いていたら
まさかのw
『今日あと、3000円しかないくて4000円貸してくれませんか?』
というから、
お説教しました( ´;゚;∀;゚;)
さすがにw
若い頃は
どこか、
『自分の思いどおりにしたい欲求』
その欲求が通らないことへの憤り、怒り、悲しみ、かんしゃく、駄々を捏ねる
ということがあります。
それはまさしく『自分との戦い』
誰でも持ち合わせている『良心』と『欲求』を
どう、自分自身との擦り合わせの中で
ちょうどいい具合に『調和』させていくのか。
もし、今日あの娘に
4000円を貸してしまえば
あの娘は『また貸してほしい』とくるでしょう。有り難いのではなく『当たり前』になるからです。
『当たり前』になると
更に『欲求』は高まり
まだまだ、もっともっと
となってしまう。
そうさせない為に
私にできることは『貸さない』こと。
だから
仏心はなくして
『お説教』
をする。
それは先に生きる『大人』が唯一できること。
同じような似たような経験があるから
できること。
そう感じます。