2008年02月29日01時12分


 宗教的理由で、輸血が拒否された場合の医療機関の対応を示した新しいガイドラインを日本輸血・細胞治療学会など5学会の合同委員会(座長、大戸斉・福島県立医大教授)が28日まとめた。親権者が拒否しても、「患者が15歳未満で、救命のため必要と判断されれば輸血を行う」とした。また、状況によって児童相談所に虐待通告し、裁判所から親権者の職務停止処分を受けてから輸血する。


 今回の方針は、親が子どもに必要な医療を受けさせない行為を「医療ネグレクト」とみる近年の動向を踏まえた。


 ガイドラインでは、

(1)患者が18歳以上の場合、本人の文書同意を得たうえで無輸血治療を貫くか、転院を勧める。

(2)15歳以上18歳未満の場合、親権者か本人のどちらかが希望すれば輸血し、ともに拒否なら、18歳以上に準じる。

(3)15歳未満の場合、親権者の一方が同意すれば輸血する。双方が拒否する場合でも必要なら行う。治療が妨げられれば、児童相談所に通告して児相から裁判所に親権喪失を申し立て、親権者の職務停止処分を受けて親権代行者の同意で輸血をする。


 親権者の職務停止にまで踏み込んだのは、親が宗教上の考えから子どもの手術を拒否したケースで、親権停止を認める裁判所の決定が出ていることが背景にある。


 大戸座長は「子どもは社会が守るべき存在で、親の所有物ではない。ガイドラインは医療施設が治療を選択するのに役立つはずだ」と話した。


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社会不安が漠としてあるとき、あるいは人間の画一化が進み、閉塞感が社会に充満するとき、そんな時代に邪宗教は人々の耳目を惹きつける。


有意義な人生を送れる。人生の意味が知りたい。世の中や人のためになる仕事がしたい。邪宗教はこういう人間の「向上心」や「正義感」に訴えかける。しかしそのめざすところは信者への一方的で専制的な支配だ。何か目的が明瞭にあるのではない。ただ単に支配し、支配のための機構をより強固に構築し、維持することなのだ。


そこに人は何を求めたのだろうか。信者自身も気がついていないことだが、人々は実は連帯感、保守的家族像、そこにあった一体感を求めているのだ。そして邪宗教がはびこる時代に見られる「社会不安」とは個々人がバラバラに切り離され、孤立させられるような社会状況だ。資本主義が暴走するとそういう「社会不安」を生み出す。


資本主義はたずなをしっかり引かなければならない。新自由主義のような暴走馬のようにしてしまってはならないだろう。支配欲に溺れた邪悪な者が頭角を現すようにならないために。