第2弾
皆様、たくさんの励ましや応援メッセージ、本当にありがとうございます。
オートレース選手養成所、卒業式の写真です。
中段・中央右:坂井宏朱
前列中央
私自身、宏朱ちゃんとの思い出を振り返りたいので今日は長くなります。
実はこのブログ ”デビューしてから半年(7~12月)” という約束だったため、宏朱ちゃんとブログの継続について昨年末話し合っていました。
宏朱ちゃんは「レース結果が悪いから、なにを書いても言い訳になってしまう、、、なんて書けばいいかわからない」 と話していました。
でも、「ファンの方々からのメッセージに励まされている」とも話してました。
私たちのブログを見てオートレースファンになって下さった方も少なからずいらっしゃると思います。
そして年が明けてから 「レースで伝えられないこと、本音を知ってもらうためにも2人でブログを続けよう」 ということになりました。
今は私もなにを書いていいのか正直わかりません。
少しずつ思い出などを書いていくので長くなってしまいますが、最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
宏朱ちゃんと初めて会ったのは2次試験。
後から来た宏朱ちゃんが試験官に挨拶。
”とにかく声が大きい!!”これが第一印象でした。
試験のときも同部屋で、「オートレースが大好きで、、、」と、志望理由などを話しました。
そして「友達が応募したら当選したの!」と、永井大介さんの写真を嬉しそうに見せてくれたことを覚えてます。
その後、合格発表と共に「女性がもう一人合格」と聞き、すぐに”同部屋だった坂井さんだ”と察知しました。
そのくらい試験のときから”やる気”で漲っていました。
養成所では誰もが思うことですが、本気で帰りたい・・・と思ったことがありました。
見ず知らずの20人が集まり、女子部屋は離れているから男子候補生と話す機会はなく、
食事も訓練も私語禁止。 男女の壁が出来るのは当然でしょう。
教官も初めての女子養成で戸惑っていたと思うので、仕方ないと思います。
まして私は一番年下で18歳のただの子供に見えたと思います。
でも、宏朱ちゃんの存在が私を支えてくれました。
励ましの言葉で支えられた訳ではありません。
言い方は悪いかもしれませんが・・・彼女は原付にも乗ったことのないOLをしていた女性。
バイクの競技をしていた私が負けるわけにはいかない、絶対負けるもんか。
今思うと、そんな気持ちが1番の支えだったのかなぁ・・・と思います。
彼女が努力家だったことは言うまでもありませんが、その姿を見て
私たちも支えてもらっていたということを宏朱ちゃんに伝えたいです。
そしてなにより、彼女がいなかったら私は途中で挫折していたと思うので、
女子オートレーサーの道を開いてくれたのは宏朱ちゃんということになりますね!!
訓練も進んで少しずつ男女の壁がなくなり、
「同期と話しているときが1番楽しい」 と。
同期全員のことが大好きで、最近も「〇〇とよくメールするんだよ」と嬉しそうに話してました。
では、、、今回はこのへんで。