**********************

姫のあり得ないトラブルブログの閲覧は
アメンバー申請をお願いします。
プロフ・過去使用のない方はご遠慮ください。
**********************

この苔むした樹の樹齢は何年ぐらいかな。


がん発覚

何の検査で膵臓がんが見つかったのかは
忘れましたが、
過去に前立腺がんをやっていたので
その事も関係あったと思います。

病院も市民病院から更に大きな病院に
転院しました。

そこで余命3カ月〜半年を宣告されました。
既に末期でした。

せん妄の症状も出てきてて
麻痺した身体で夜中に病院内で行方不明になる
という行動も何度かありました。


過去のブログをご存知の方は知っていると
思いますが、
私の母もある意味毒親です。
支配欲が強く、自分の意のままに行動します。
情は熱い人なんですけどね。

余命の事は一年と父に告げ
病院が遠くてお見舞いにいくのが大変と
いう理由で、家から近い病院にまた転院
させました。

父がボソっと
「自分の死にぎわは自分で決めたい」
と嘆いていたのが悲しかったです。

その病院が最後になるのですが
毎日母はお見舞いに行き
好きな物を食べさせたり、
愛犬を連れて行ったりしていました。
(駐車場とか外で会わせてました)
結局なんだかんだあったけど夫婦の愛ですね。

目も見えなくなって来てるので
テレビも見れないし、何か必要なものは
ないかと聞くと、ラジオが欲しいと言われ
すぐに送りました。
ただイヤホンをつけるのもしんどいくらいに
弱ってたので、殆ど活躍しなかったみたいです。

姫とのお見舞い

一度、面倒臭いと言う姫と一緒に
お見舞いに行ったのですが
病室での態度があまりにも酷く
病人の前で怒る訳もいかず、困りました。
あれだけ好きだったおじいちゃんの前で
足を広げて机の上に乗せ
スマホばかり触っているのです。

その時の何気ない会話を鮮明に今でも
覚えています。

「私のくだらない命の半分でもおじいちゃんに
 あげれるものならあげたいわ」

本当にそれが出来るのであればそうして欲しい。

人に迷惑ばかり掛けて、
自分さえ良ければそれでいい。
毎日我儘放題に生きていて、正義がなく
SNSだけの世界で自分を誇示し
人間や社会というものを分かろうとしない姫。

私は本気でそう思いました。

以外にも父は、それに反応して
「それができるのなら○○ちゃんの寿命の
 半分くらい欲しいなぁ」
と言ったのです。

冗談でも、孫の命が欲しいと言う人では
なかったです。

後年、死ぬまでのカウントダウンを
しているような生活を送っていた人が
いざ本当に死期が迫ると、
もっと生きたいという執念になると
いう事に…驚愕しました。

最後

人工呼吸器をつけ、既に会話も出来ず
目の動きだけで意思疎通をする段階に
なりました。

その時には新しいホスピス病棟に移り
24時間の医療体制ではなくなり
(機械が撤去されていました)
ただ痛みを取り、死を待つだけの状態。

目も動かせず、意思疎通が出来なくなった
その時に母がまたやらかしたのです。
急に父の前でお葬式はどうしようかと
私や弟に相談したり、
あと何日持つのか分からないとか。

余命の事を散々口止めしといて
まだ生きている父の前で
なんてデリカシーのない事を言えるのか
不思議で仕方がありませんでした。

後で知った話では
人間は死ぬ間際まで、耳だけは聞こえている
そうです。

丁度、GW前だったので早めに大阪に
帰省して、頻繁にお見舞いに行きました。
もう意思疎通が出来ないので
動かない足をさすったり、色々な事を
一人嘆いてました。

母が昼間に病院に行き
入れ違いで私が夜にお見舞いに行った日の
翌日の朝、父は亡くなっていたそうです。

その夜のお見舞いで
意思疎通も出来ないし、時間を持て余し
あまり長い時間いなかった事を
今でも悔やんでいます。

「お父さん ごめんなさい」


エピローグ

まだ、父と会話が出来ていた頃
冗談で、昔のバイクで色々な所に行った時の
話をしてて
おじいちゃんがもし死んでも
おじいちゃんが設計した数々の建造物は
この世に残るよね。
それって、私も多くの人も出来ない事だし
幸せな事だよね。

笑ってました。お父さん。

これでお父さんのお話は終わりです。
お読み頂きありがとうございました。

UQモバイル