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Comet Picnic 〜未知の世界を旅するように〜

多次元キネシオロジストで産業カウンセラーのSatokoのブログ。
日々のあれこれや、自己ヒーリングの記録、趣味のタロットについて、マイペースに綴っています。
オンラインセッションもやっています。

3連休でしたね。
コロナ云々はありますが、咲き始めた桜でお花見をしている人もいて、日常の春の風景が戻ってきた感じもします。
私はちょっと実家で食事をしてきました。

実家には父と犬がいます。
犬は可愛いし性格の良いコなんですが、ちょっと太り気味です・・・。
父にはおやつを減らして、散歩を多くして欲しいと伝えているんですが、実現は難しそうですえーん

実家は祖父母の荷物が山ほどあって、父にそろそろ片付けたいから手伝って欲しいと言われていました。
私も負担のない範囲で手伝おうと思いますが、祖父母が、この先使う予定もないのに「まだ使えるから」と捨てずにいたことが、時代の違いなんだなーと思ってしまいます。

物がない時代で苦労していた人たちなので、たくさんの物を遺したら、息子や孫が喜ぶと思っていたのかもしれません。

でもまあ、壊れた置き時計から、凶器になりそうな重たい花瓶、旅行のパンフレットに、貰い物の食器・・・。
私が見ても結局捨てるだけなので、だったらもっと早く捨てておいてくれたら、実家で一緒に住んでいた10代の頃の私も、もう少し広い空間で暮らせたんじゃないかと、恨みがましく思ったりもします(笑)

例えば下駄箱は、祖父母と父の靴が優先だったので、私は通学用の一足以外は部屋に置くように言われていました。
ちなみに私の部屋は納戸より狭いし、玄関から一番遠いところでした。

家族の中で自分は、優先順位が最も低い人間だと、かなりいじけていた記憶があります(笑)

そんな感じで、祖父母は物を残すことを愛情と思っていたかもしれません。
まあ片付けとか捨てるって、結構、頭と体を使うので、先延ばしにしていただけかもしれませんが・・・ショック

で、今度は父ですが、彼は食べ物を大量に食べさせることが愛情と思っている感じです。
犬が「クゥーン」と泣いたら、おやつをあげる。太り過ぎで疲れやすいので、散歩はなるべく短時間にする。

私としては、健康のために適正体重をキープするように、食事と運動を管理するのが愛情でしょ!と思うんですが。
父にとってそれは「かわいそう」なことだそうです。

昔は父のその感覚が、目先のことしか考えていない愚かな判断に思えていましたが、おそらく父は食べ物が充分に与えられない子供時代を過ごしていたんでしょう。

そこまで貧しい時代ではなかったと思いますが、ネグレクトっぽい環境だったようです。

ちなみに私は小さい頃から、父に大量のものを食べさせられて、10代の頃には笑顔で完食して、後から嘔吐する癖がついてしまっていました。

そんな訳で父の、自己満足のために子供を苦しめる言動には恨みしかなかったんですが、それが父にとっての愛情表現だったとしたら、なんて悲しいすれ違いだったのかと思います。

泣きながら「もう食べられません、ごめんなさい」と謝っても許してもらえなかったので、たぶん、父からの保護を必要としていた子ども時代の私には、このすれ違いを正すことはできなかったでしょう。

でも、今もその時の許せない気持ちがあるから、父が犬にしていることも許せない。

正直、ペットが望むままおやつをあげて、太らせてしまうなんて、好ましいことではないですが、でもよくあることです。
餌をあげない人とか、虐待する人と比べて、そこまで目くじら立てることもないのかもしれません。

でも許せないのは自分の問題なんだなと、改めて気づいた週末でした。


人の話を聞いて共感するって、実は凄くハードルの高いことだと思っています。

カウンセリングの勉強をしていたこともあり、共感の重要性は何度も聞いていたし、納得していましたが、その反面、共感することを皆、安易に考え過ぎてない!?と反発もありました。


相手の話に興味をもって、否定せずに聞いていれば、「共感している」という訳ではない。

・・・と、思っていますが、それは私のポテンシャルとして共感能力が低いからかもしれません・・・(おい)


会話の中で自然に共感できている人もいます。

そういう人は、プラスαでカウンセリングの知識を身につければ良いんです。

・・・ですが、基本的に共感が苦手な人もいるように思います


例えば私が高校生の時、親しくしていた先輩二人が、受験をきっかけに気まずくなってしまったことがありました。仮にA先輩とB先輩とします。

大学受験で、A先輩は第1志望、第2志望の両方に合格して第1志望校に進学を決めて、B先輩は第1志望、第2志望も落ちてしまって、滑り止めで受けた大学に進学。


B先輩は第1志望への思いが凄く強くて、受験勉強もその大学に向けてアレンジしたもので頑張っていたのに不合格で、しかもそこはA先輩が蹴った第2志望の学校でした。


B先輩は第1志望に向けて頑張っていたのに、結果が出せずに落ち込んでいるところに、友達が軽々(?)合格して、しかも蹴っている。

対等だった二人の関係が、受験で上下を付けられたみたいだし、お互いにどう声をかけて良いか分からないような空気になってしまいました。


私にもその気まずさだけは強く伝わって来て、受験って恐ろしい・・・みたいな怖さを感じてしまいました。

ですが塾の先生に、この話をした時の反応は

「当たり前だよ。その大学を第2志望にしてるってことは、それ以上の学力があるんだから合格する確率は、第1志望にしてる人より高いでしょ。最初から分かることじゃん」

でした。


オイィーーーッ!!(笑)


つまり私の受験に対する不安や、先輩たちに接する時のモヤモヤではなく、大学受験のよくある事実の部分を主訴と受け取って「当たり前のことだから、気にしなくて良いじゃん」と慰めてくれたんですね。


翌年に受験を控えた生徒に対して、何言ってくれてんの・・・ゲロー


でも、自分が聞く側でもこういうことって、実はよくあります。

と言うか、話す側が直接的な感情を言葉にしてくれずに、事実をメインに話してくる。

「〜って、おかしいと思わない?」とか、「あの立場だったら、〜すべきだよね?」とか、事実に対する確認を求めているかのように言ってきたり。


そうなるとこっちも「いや、おかしくはないんじゃないかな、どうだろう・・・」とか、事実に対して反応してしまうんですが、共感するのであれば、「ないがしろにされて悲しかったね。期待に応えてもらえなくて寂しいよね」とか、わざわざその事実を私に伝えようとした背景にある、怒りや不満の感情にフォーカスする必要があります。


もちろん感情は本人にしかわからないものなので、伝え返しをして反応を見て、自分の見立てを補正していく。

見立てが当たる確率は、たぶん経験を積むことで上げていくことができるでしょう。


でも相手の話が、事実を伝えることが目的の場合もあるので、どう聞けば良いのかを判断するのは、身も蓋もないですが、才能も関係している気がします・・・。

というか、子供の頃からの積み重ねなのかもしれません。


そして私も、相手が何を言いたいのか、迷子になりやすい方の人間ですがガーン、自分のその性質を知って、何とかやってます〜。



シンクロというか、何か嫌な感じの流れになっている時に、トラブルが連発することってありますよね。

落ち込んでる時に、落し物をしたり、自転車にぶつかられそうになったり・・・。
下ばかりみて、トロトロ歩いてるからとも言えますが、何となく「そういう流れ」と言うものがある気がします。

でも何かのきっかけで変えることもできるような、そんな曖昧な「流れ」です。

先日、体調が悪くて仕事を早退して病院に行く途中、滅多に遭遇しない電車の乗客同士のトラブルを見てしまったり。(別に自分が直接、巻き込まれたわけではないのにダメージをくらう/笑)

晩御飯を作るのも大変だし、外食と思ったものの、こんな日は外食でも嫌な気分になることが起きそうな気がして、ファーストフード店でテイクアウトすることに。

で、自宅に帰って気付きました。
注文したものが一つ足りない・・・びっくり
何か起きる気がしてたけど、本当に起きるんかい!?

レシートと何度も見比べ、散々迷った末に、店舗に電話してみました。
そうすると、すぐに足りない分を届けに来てくれて。あまりに簡単に解決したことに感動しました。
ありがとう、ケンタッキー!爆笑

色々な小さな面倒ごとがあっても、自分から動いてみたら、あっけなく解決することって、意外と多いのかもしれません。

私の場合、特によく知らない相手に対して「どうせ言っても仕方ないし、言って更に嫌な思いをするくらいなら黙っていよう」というのが、知らないうちにクセになっていたんだなーと気付きました。

職場では、状況を変えるための行動をとらずに、上司が自分を理解してくれないと愚痴ばかり言う人には、「現状を変えるために自分から動こうよ」とか言ってるのにねてへぺろ

毎日のように「自分ってこういうところがあったんだ」と何かしら気付く今日この頃です。
地味だけど変化ってこういうことなのかもしれません。

あ、でも今日は職場で、それなりに関連のある他部署からメチャクチャな案を持ってこられて、何も言えなかったわ・・・(笑)