おはようございます。さとこのチカラのさとこです。いつもご愛読ありがとうございます。

本編アップしました。リブログしますのでよろしくお願いいたします。

さとこ


こんばんは、さとこのチカラのさとこです。

いつもご愛読ありがとうございます。




だんだん8月も下旬になってきて少し暑さも和らいでいるな、、という感じがします。



お盆も終わり少しずつ新学期に向けて学校がもうすぐ始まるな、、と思うと

なんだかそわそわとしてくる感じがします。


この夏は私は肩が痛いのが続いており車の運転や洗濯を干したりが

きつい状態が続いています。

夜も痛みで1〜2回起きることが多く

お医者さんにも通院はしているのですが

なんだかんだ忙しくてリハビリも行けない日もあったりして

飲み薬や家でのストレッチなどでやり過ごす日もあります。



運転は何とか子供達にも全員免許をとってもらっておいたので

まだ初心者の子もいますが主人だったり子供だったりに変わってもらったりもして

なるべく無理をしないようにしています。

特に車庫入れがとても肩が痛いです。


夜中に起きるのが結構辛く寝不足が毎晩続いているので

早く治らないかな、、と思っているのですが

お医者さんの話だと40肩ということなので時期がくれば自然に治るということで

その時を待っているという感じです。


すでに数年前にも両方40肩になったことはあるのでもうならないと

 

思っていたのですが何度もなる物だそうなのでちょっと残念です。


それ以外にも昨年から腰だの股関節だのあちこち痛くてずっとリハビリに

 

通っているのですが、整形外科の看護師さんや先生方がとても親切な方ばかりで

私にとって「癒しの場」になっているのは確かです。


主婦というとなかなか普段は家族や人のことばかりで

自分に対して心配する時間は自分も家族もあまりないというか

ついつい後回しにしてしまうのですが

このリハビリの20分間だけは自分の体を心配してもらえるというか

自分も自身の体を考える時間でとてもありがたい時間だと思っています。


なので早く良くなりたい反面

この貴重な時間が無くなるのが名残惜しいような

そんな変な気持ちになっています。




今日のお話ですが

また先日娘から祓った霊が成仏できずに戻ってきたので

「娘に取り憑く霊のなかなか成仏できない理由」について書いていこうと思います。


前回娘に取り憑いた男性の霊と女性の霊がいたことを書きましたが

2人とも一度は成仏の道に行ったのですが

男性の方が戻って来たのでその理由が「そりゃ成仏できないよな、、」と思ったので

書いていこうと思います。


それは生きている人間でも同じことなので

「こういう考え方の人は幸せになれない」という意味もあるので

書こうと思います。



一度憑依による被害は収まり娘はとても明るくなり

自信も取り戻して明るくなってたのですが、、



私は毎週車で1時間半の所に住む一人暮らしの母の様子を見に行っているのですが

娘もおばあちゃん子で必ずと言っていいほど

学校や用事があっても何があっても夕方には間に合うように私の実家に電車で来て

一緒に夕食を食べたりおしゃべりをしたりしています。


娘は私の亡き父にもとても懐いていて

小学校の頃から電車だと20分くらいで近くの駅までは行くので

本当は乗り換えの電車とバスも必要なのですが

私の両親が「乗り換えは時間もかかるし荷物も大変だろう」とそこからタクシー代を

 

払ってやって、毎週の様に1人で小さなスーツケースをガラガラ引っ張って

 

お泊まりに行っている子でした。



当時すでに父の認知症が少しずつ始まっていましたが

とにかく私の両親は子供好きでいっぱい遊んであげる人たちだったので

私の母とお菓子作りを毎週やってみたり

それを父が「まだお菓子できないの〜?」と楽しみにしているのも嬉しかった様で、

父とは絵を描いたりトイザらスに行ったりスーパーをぶらぶらしたり

とにかく大好きなじいじばあばと一人っ子気分を満喫していました。


どうしても3人兄弟で兄2人の用事もあったり

受験だなんだで遊びたい時期に我慢をすることも多く

少し自分だけに注目してもらえる時間が欲しかったのだと思います。


なので父が亡くなった時は本当に深い悲しみのどん底になってしまい

お葬式でもワンワン何時間も泣いていました。


そして今は母1人になってしまったので

元々父の認知症が始まった頃から私は毎週1度は様子を見に行って

ヘルパーさんやお医者さんの話に立ち会ったりもしていたのですが

その後母も何度か入退院をしているので様子を見に行って

車でないと行きにくい所に連れて行ったり用事を済ませるのを手伝ったりもしています。


そういう関係なので元々は娘は私の母のことは本当に馴染みもあり

大好きなはずなのですが

先日急にまた豹変したのです。


ここ1年くらいやはり今考えると憑依のせいがあったのだと思いますが

いつも母に優しくしていた娘が急に母に罵声のような強い口調で怒鳴ったり

ちょっとしたことで怒って飛び出したり物を投げたりすることが時々あり

あとで正気に戻って「ばあばに酷いことしちゃった、、」と自己嫌悪に襲われ

「ごめんなさい」と母にことあるごとに謝って泣いたりもしていました。


あんなに母に優しかったのに何で?という感じでしたが

前回書いた男性の霊は年老いた母親にかなり罵声を浴びせたり暴力や物を壊したり

色々していたので

まさにその影響が出ていたのだろうと思います。


それが除霊をしてここの所ずっと落ち着いていたのに

急に先週再発したのです。


本当にきっかけはたいしたことではなく

私は先ほども書いたように肩の痛みで寝不足ということもあり

ついつい昼寝をしており

母も夏バテもあって昼寝をしていたせいで

娘が「この電車に乗って行くよ!」というラインや電話をくれていたのに気が付かず

迎えに行くのが10分くらい遅れてしまった、、ということでした。


普段なら「ママもばあばも疲れてたんだね、、大丈夫だよ」というような娘なのですが

何だか妙に怒っていて「なんで何度も連絡しているのに起きなかったの!!」と

 

言い始めたのです。


その日は娘はお友達と朝から昼過ぎまで遊びに行っていたのですが

行った場所が新大久保のあたりだった様なのです。


明るい時間ですが新大久保は今は韓国料理の立ち食いのものがあったり

特にお化粧に興味のある娘は「コスメ」を見るのがとても好きで

お友達と色々見てまわったそうなのです。


なのであまり娘は新大久保に悪いイメージがないのだと思いますが

私たちが若い頃は新大久保は今の雰囲気とはかなり違っていて

すぐ裏にはホテル街がありよく外国人の女の人が今でいう「立ちんぼ」をあちこちで

 

やっている様な感じであまり明るいイメージはありませんでした。


しかもただそういう売春のような事をするだけではなく

何か犯罪というか殺人もあったような事も多く

重たい空気があってあまり行きたくないというか通りたくない場所のイメージが強いです。


ですが今の若い人からすると

歌舞伎町も昔と比べてだいぶイメージを変えようとしていて

アミューズメント施設を作ったりしており

新大久保も韓国アイドルだの食べ歩きだのコスメだので明るいイメージを作っていて

新宿から歌舞伎町を通って新大久保まで歩いて行っても

昼間ならそんなに怖くないというイメージなのではないかと思います。


流石に夜には歌舞伎町は怖いイメージは未だにあるとは思いますが

新大久保のイメージは裏に入らなければわからないと思います。


その新大久保の霊が多い場所に行ったのもあり

霊媒体質の娘は少し影響を受けたのもあった様でした。


今回娘はとにかく来るや否やイライラしており

また「目つきがおかしい」感じになっていました。


これはまずいな、、まさかまだ剥がれていない?、とちょっと心配をしていると

私や母にものすごく怒り出し

「私のことなんかどうでもいいのね!

ママもばあばも私のこといなくなっちゃえばいいって思ってるんでしょ?!!」と言って

物を投げ、靴も履かずに携帯も持たず家を飛び出してしまったのです。

夕方でしたのですぐにあたりは真っ暗になってしまいました。


現代っ子で携帯を持たないで飛び出すというのも

ありえないことだと思います。


しばらくしても戻ってこないので警察に連絡して探してもらうことにしたのですが

心配した母が家を飛び出して探しに行き

近くの公園を見に行きすぐに娘を見つけた様でした。


母から「見つけたよ」という連絡と同時に

警察からも「娘さんとお母さんを公園で見つけたのですぐ来てください」と連絡が来ました。


警察に呼ばれて娘の靴を持って公園に迎えに行くと

そこは本当に実家のすぐ裏というか歩いて1〜2分の所にある公園で

放心状態でガクッと落ち込んでいる娘が母と座っており

警察の人に事情を聞かれていました。


その警察の人に話を自分でしながらも

「何で私こんなことで飛び出しちゃったんだろう?、、

何でこんなに怒っちゃったんだろう?、、」という気持ちだったそうなのです。


気がつくと靴も履いていないし携帯も持っていないし

母が「〇〇ちゃん、大丈夫?」と声をかけてくれて

「え???私何やってたの??」という感じだったのです。



家に帰って色々話を娘としていると

また娘が頭を抱え始めて「あいつが、、あいつがまた言ってる!!

またお前なんか消えろとか、、また言ってる、、助けてママ!!!」と

苦しがり始めたのです。



娘を抱きしめて「まだいたのか、、何でまだ成仏できない?」

と聞くと「母さんを探しに行ったけど見つからなかったよ、だから戻ってきた」と

 

言うのです。


そしてさらに高尚な霊や私の父や先祖たちが、この男性が成仏できない理由を

 

教えてくれました。


それは「まだ誰のためにも何も良い事をしていないから成仏をできないのだ」と

 

言うことなのです。


つまり、成仏するためには改心をして今までしてきたことへの罪滅ぼしとして

誰かのために良いことをしないといけないと言うのです。


ですがこの男性の霊はとてもわがままで他責思考がなかなか抜けず

まだ自分の悪い所を反省していなかったり

誰かに対して何も良い事を行おうとしなかった事から

本来は母親に会えるはずなのですが

なかなか会えていないと言うのです。


確かに今までご相談者の方についていた霊達も

成仏する前に「今まで他人のあなたに迷惑をかけたから

今度はお詫びにあなたを守らせて下さい」と言う人が多かったです。

おそらくそう言う人は本当に成仏できるのだと思います。


ですがなかなかそう言う発想にならないこの男性の霊のような場合は

いつまで経っても目眩しの状態というか

目の前に例えお母さんがいても霞がかかって見えない状態になるのだと思います。


私は「お前に娘は渡さない、この子はあなたのような人間ではない、

明るく友達もいて元気に生きていく事ができる生き方をしている、

だから早くいなくなりなさい」と言うと

また娘はスーッと一瞬気を失いガクッと全身の力が脱力し

少し経つと目を覚まし元のふわっとした顔に戻ったのです。


そして「はー、、抜けた、、よかった、、、」と言って

元の娘に戻ったのです。


話には聞いていても初めて目の前で霊が抜ける所を見た母は物凄く驚き

「本当にさとこのチカラはすごいのね、、、びっくりした、、」と

 

驚いていました。



「何を言われていたの?」と聞くと

「とにかくまたお前なんか消えろとか、誰もお前なんかいらないとか、、

 

 死ねとか、、前とおんなじ感じで色々言われてた、、」と言うのです。


携帯を持っていかないと言うのも昭和の時代の霊の習慣なんだと思います。

その時代は携帯電話がまだないので

携帯を持っていく習慣がないのです。


今回しつこかった男性の霊ですが

きっと母や私に大事にされている娘が憎たらしかったのだと思います。


まだ、、このままだとなかなか成仏できないかもしれません。

ですがもう、私に何度も説教されているのでどこか違う所に行ってほしいと思います。


それにしても、、

今回本当に考えさせられたのが

あまりにも自己中心的に生きていると結局死んでからも成仏できないと言う恐ろしさです。


周りの霊達が言っていた

 

「誰かのために良い事をまだしていないから成仏できないのだ」と言う言葉は

本当に考えさせられました。


最近は何でも自分の権利を守ったりサービスや奉仕を特に職場などで嫌がる人が

 

増えていると思います。

そうかと思えば災害などがあるとボランティアの様に人に尽くす人も増えています。

若い人の思考の中にも両方が存在している感じがします。


お年寄りでも全てが成熟した人ばかりとも言えません。

老害と言われる人やカスハラと言われる人も増えています。


ただ歳をとるのではなく「どう生きて来たか?」と言うのが

成仏できるかできないか?死後の世界で幸せになれるかなれないか?なのだとすれば

年齢に関係なくいつからでも「誰かのために良い事をするかどうか?」と言うのは

ずっと見られていると言うことになります。

良く「徳を積む」と言いますがもっと良く言われるのが

 

「陰徳を積むのが良い」と言われています。

つまり誰に見られているわけでなくても良い行いを積み重ねる、おそらくそう言う人は

表でも徳のあることをすると言うのも含まれるのだと思います。


無理をしたりすることはしなくても

世のため人のために目立たないことでも少しでも良い事をするのが大事かと思います。


例えば落とし物を見つけたらそのままにしないで届けるとか

誰か泣いている子がいたら声はかけなくても警察に連絡しておいてあげるとか

ゴミが落ちていたら拾って捨てるとか

そんなことでも良いと思うのです。


大きな活動はできなくても日々このような誰にも褒められなくても

良い行いをしていくと

その習慣が自然に対面の人にもできるようになります。


辛そうな親族や友人がいれば黙ってそばにいてあげるとか

そう言うことでも良いのではないかと思います。


全て見られていると言う意識で

恥ずかしくない人の道を歩くことをしなければ成仏できないのであれば

もし今誰かに辛い思いをさせられている人も仕返しなど考えずに

死後の世界で誰かを苦しめた人は成敗されると安心して良いと言うことになります。


全ての人がそれに気がついてくれれば誰も人を傷つけずに生きてくれると思うのですが

なぜか神様は世の中に「悪」と言うものをゼロにはしないのです。

これだけ警察や裁判所などあって法律もどんどんできても

必ずどの時代も何千年経っても悪は消えません。


それは善のための戒めなのか?何のためかはわかりませんが

1人でも多くの人が生きてる時間も死後の世界でも

幸せになれたらと思います。


応援しています

頑張って下さい

それではまた


さとこ