いやー、これ書くの難しいな。誤解も招きそうだし、私の見えている範囲なんて限られているし。でも最近ずっと考えていることなので書いてみます。

 

ここ最近、私が属するブログ界隈で流行りのネタである、日本の豊かさ、に関する続きです。

 

私が元いたグローバル部門の人って、日本国内ビジネスを見ている国内部門を腐っているって言うんです。こないだも元部署の上司と話した時に言ってました。いつも忙しくてパンパン、自分たちは忙しい忙しいと言っているけど、はたから見たら竹槍でアメリカ軍と戦っているみたいなものだ、と。新しいやり方を提案しても、「我々はずっとこれでやってきている」と受け入れない、と。

 

でも実際に私自身が国内部門に来てみると、本当にみんなよく働くし優秀なんです。マーケットが目の前にあるから細かい部分まで丁寧にフォローしているし、顧客のこともよく知っている。だから、なんでそこまでグローバル部門から言われなきゃいけないんだろう、と憤る気持ちがあります。

 

ただ一方で、日本マーケットは長い目で見ると少しずつ業績を落としているのも事実なんですよね。人は優秀だし頑張っている。でも結果として競争力はじわじわ落ちている。だとすると問題は人ではなく、仕組みや構造の方なのかもしれない。

 

夫に「前の上司に日本部門は腐っているって言われた」と話したら、夫は「日本は腐っている」と聞き間違えたようで、当たり前じゃん、誰の目にも腐ってるよ、日本は。と言うのです。

 

言っておきますが、夫は日本大好きです。日本に骨を埋めるつもりでいます。だけど日本好きだから、日本は豊かで問題の無い国、という意味ではないですよね。夫が腐っている、と思うその理由の一つとして挙げていたのが、過剰で複雑なアドミン。特に万が一のリスク回避にまつわるアドミンがありとあらゆる部分に張り巡らされており、がんじがらめ。

 

うーん、言わんとしてることはわかる。竹槍を使う前提で、竹槍を効率的に管理する仕組みだけがどんどん高度化しているような場面が多々あるなーと。

 

そしてこれは私自身が仕事を通じて感じていることなのですが、国の力って官と民の両方なんですよね。私は政治の世界には詳しくありませが、民間企業、それもグローバルで競争している企業の中には20年以上いるので、「民」の現状はある程度見えているつもりです。少なくとも私がいる「民」の業界はゆっくりゆっくり沈んでいるように感じてしまうんですよね。その感覚が日本がゆっくりゆっくり沈んでいる感覚とものすごく私の中でシンクロするんです。

 

もちろん強い企業、世界で高い競争力を持って成長を続けている企業もまだまだたくさんありますよ。ただ少なくとも私が見ている世界では、かつて圧倒的だった日本ブランドの存在感が少しずつ薄くなっているように感じる。

 

そしてね、失われた30年と言われますが、その30年間で失ったものを取り戻せないまま、世の中の変化のスピードは速くなっているわけなので、失われたものと世界のスタンダードがどんどん差を広げているような気がします。

 

例えばね、私は好きか嫌いかで言えば大嫌いなんですが、なぜか仕事ではシステムとかDXとかのど真ん中にぶち当たることが多いんです。前回国内部門にいた時もそうでしたし、今も私が担当している領域で、基幹システム改定の影響をもろに受けています。その中で洗礼を受けているのが、基幹システムの老朽化です。

 

ビッグデータ活用、AI活用、業務自動化、効率化、多業種とのデータ連携によるビジネスチャンス拡大。こういう昨今のビジネス環境でリードしていくためには重要だと思われていることを実現しようとした時に、いつもネックになるのが基幹システムが古すぎてできないということ。毎回ぶち当たる壁。そしてROIばかりで見ると、なかなか前に進まない。だってROI出ないんですもん。ROI云々じゃなく、競争のステージに乗るための投資なのに、、、、

 

7年くらい前でしょうか。当時も基幹システム老朽化にやられてたんですよね。そんなおりにちょうど読んだ日経記事で、日本企業とアメリカ企業のまさに基幹システム投資額の推移グラフを載せて記事を展開しているものがありました。

 

1990年頃までは日米で同じような投資水準だったのに、その後アメリカ企業は大きく伸び、日本企業はほぼ横ばい。当時私は、自分の会社だけの問題だと思っていましたが、その記事を読んで、これって、日本企業全体に共通する課題なんだ、、、、、と思い日本の産業の行く末が本気で心配になったことを今でもはっきり覚えています。

 

だから私が感じている、沈んでいく感覚は、日本人が怠けているとか能力が低いとか、そういうことでは全くなくて、優秀な人たちが古い仕組みに縛られている感覚なんだと思います。

 

でも、いいじゃん。成長が止まってしまったって、って思う人もいるでしょう?むしろ私自身も成長至上主義では全くないと思うんです。購買力を増やして、海外旅行ガンガンしてっていうことにもはや魅力を感じないんです。むしろ家の周り半径10メートルの草花を眺めていることが幸せ。右肩上がりの消費や物欲を満たすことが豊かさだとは全然思わない。

 

でもだからといって、国の基盤が弱くなっていくことを良しとも思えない。怖いのは、日本は食料もエネルギーも海外への依存度が先進国の中でも非常に高いということ。もちろん今は、まだ世界の中でもトップレベルの経済大国ではあるので、海外からこれらを買うことができます。でも成長が止まり競争力が低下した「将来も買い続けられるのか」が気になります。

 

日本の競争力が落ちる。人口も減る。円も弱くなる。そんな中でもなお、必要な食料やエネルギーを十分確保し続けられるのか。食料とエネルギーは基礎や柱ですもんね。

 

だから私は、一次産業を支える人材や、エネルギー分野を担う理工系人材をもっと大切に育てることが重要なんじゃないかと思っています。土地も限られているので、原発というのは真剣に向き合わなくてはならないトピックですしね。

 

成長しなくてもいいけど、自立した国として、安心して暮らし続けるという観点で見ても、いろいろと不安は残るなーって思ってます。


まー、ぶっちゃけね、私の世代は大丈夫ですよ。苦しい目を見ず違和感感じつつ、日本の豊かさを謳歌して人生を終えると思いますよ。娘の世代は私が抱いている違和感が大きくなりつつも、まだ大丈夫かもなー。でも孫の時代は。。。。?

 

グローバル企業の中の日本部門に感じることは日本そのものの縮図だったりするのかもしれない。とはいえグローバル部門だってね、母体が日本なんだから、そうそう海外ビジネスが安泰なわけはないです。

 

今日の豊かさの足元に違和感を感じるのは私だけではないでしょう?


少なくとも私の半径10mには花が咲いてます。