「本当はもっと子供と過ごしたい」
それが本当の願いである、3人を育てるママの話。
3人を私立に通わせるために、1日12時間労働。朝5時に家を出て夕方6時すぎに帰ってくる。土曜日は買い出し&1週間分の仕込み。外食はほぼゼロ。
深い愛情だ。母は真剣だ。
しかし彼女はとても疲れていた。お金問題、家事育児の負担問題でパートナーとの対立や、子供との愛繋がりを大切にしたいけどできない自分への苛立ち。
3人同じように、同じだけかけて、同じ経験をさせてやりたい。と話される。
目に見える平等は誰が求めてるんだろう?
平等によって誰の何が満たされるんだろう?
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質問してみた。、
もしも、「私立」とか、「収入」とかも、何っっっにも関係なかったとしたら、
本当はどんな生活がしたい?何がしたい?
「もっと子どもと過ごしたい。」
「おはようって言いたい」
「お帰りって言ってあげたい」
「塾も迎えに行ってあげたい」
「一緒にいたい」
「成長を感じたい」
子供が巣立つ時、
本当はしたい生活をして迎える20年後と
このまま平等のために走り続ける20年後
どっちが幸せだと思う?満足できる?
「子供のやりたいを叶えてあげられる今」
子供のやりたいことを叶えてあげられる今と、「平等にすること」はイコール??
誰の何を満たすために、3人の平等は存在するのだろう。
もし、子供が私立に行きたい!と三人が言ともが言ったのなら別だ。
もしかしたら、「私立という選択はない!公立1択!!」って方針で、8時間労働という選択だってできる。(私はそんな感じで育ちました)
どんな生き方も正解だと思う。間違いなんて何もない。それで得られるものだって当然ある。
ただ、どんなマインドで生きているか、今どんな感情で過ごしているかはとても大切だ。20年後の感じ方が違うと思う。
彼女は、今すぐにはこの生活は変えられない。だけど、平等でなくてもいいと思ったみたい。
次女が中学に上がる時には、「あなたはどうしたい?」まずはそこを聞いて、本当の家族の幸せについて考えると話された。
そして、
今すぐできること
にたどり着く。
本当はこんな生活したいと思う子供への想いを、わかりやすい愛情の言葉にして子供に伝える。感情で会話をすること。
「愛してるよ」「大好きだよ」「よく頑張ったね」「会いたかったよ」それだけで心の充足感は変わるもの。
誰より、自分がその言葉を1番聞いている。
自分で自分をマインドフルネスな状態に持っていくことができる。
本当の豊かさとは何か。
何を優先して、何を選択するか、難しいけど、未来だけでなく「今」の自分も置き去りにしないって大切。感情をしっかり味わおう!