『宮城県の全貌』からの採録の続き。
今や宮城県は全国的に有名な銘柄を輩出する地酒の産地として知られているが、この高い評価は必ずしも戦前からあったわけではないようである。下の一文に述べられている評価がそのことを端的に示しているが、むしろ、その後、現在に至るまで、酒造業に携わってきた皆さんのたゆみない努力と進取の精神が今の宮城の銘酒の地位をたしかなものにしてきたことが分かる。
今、この震災の危機を皆さんに乗り越えていただきたいというメッセージを込めて、80年前に著された宮城の地酒に対する評価を採録する。あの時からの向上心とがんばりが、数々の銘酒を産み出したように、同じ気持ちが再び宮城の酒を、再び宮城の産業を、立ち直らせてくれるものと願っている。
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東北と宮城県の酒
税務監督局鑑定部長 鹿又親
酒造業を通して現在の東北6県を通観すると、其の業態は全国的には可なり優秀な地歩を占めて居る。就中秋田、山形、福島等の諸県の製品は、東京市場に於ても其の声価を認識せらるるに至って居るが、宮城県は、青森、岩手の両県と共に遺憾ながら、未だ其の域に達して居らぬ。年々の造石高を見ると福島県の13万石を筆頭とし、山形県の12万石、秋田県の11万石と云う順序で、青森、宮城、岩手の3県は6乃至7万石で之に亜いで居る。
今東北6県に就いて酒造業の概略を看取すると、宮城県は最近に於て其の品質頓に改善せられ、昨年日本醸造協会主催の第13回全国酒類品評会に於ては、断然頭角を露はし、殊に吉岡吉寿氏のしら梅正宗、高木清兵衛氏の鳳山、松本善右衞門氏の松緑、佐藤敬次郎氏の宮城の誉、天江勘兵衛氏の鳳凰天賞は、優等賞を授与せられ、全国的の優良酒と折紙がつけられた訳だ。其の外塩釜の佐浦氏の浦霞なども、既に優等に入賞せられて居る。
然るに仙台には昔はあまり感心した酒が出来なかったものと見えて、鉄道の開通しない頃は、山形県の大山酒が非常に移入されて居たようだが、開通後は灘酒を初め、其の他の地方から下り酒と称して売られて居た。近頃では遠い九州から万代と云う酒が移入せられ、市中の料理屋はあらかた万代を出して居るようだが、仙台産の鳳山なり、しら梅正宗なり、鳳凰天賞なり、其の品質に於て遥かに万代を凌ぐ酒があるんだから、県産酒普及会でも設けて大に宣伝したならばどんなものであろう。現に愛知県などは、大馬力で県産酒奨励を実行して居る。
岩手県は、盛岡市及其の附近の石鳥谷は県内に於ける生産地で、又南部杜氏と云って、酒造稼人の出身地でもある。東北地方並北海道に出稼して居るが県内にはあまり有名な酒としては、横澤氏の稲の友、世嬉の一、関口氏の岩手川位のものだ。
青森県は藤田久次郎氏の白藤印は断然酒界をリードして居たが、近年駒井庄三郎氏の陸奥男山、川村福三郎氏の睦鶴、並に川村楽一郎氏の一洋印等が擡頭して来た。由来本県は気候風土から見て将来酒造地として発展の可能性がある。
福島県は、造石高で東北を代表して居る。会津若松市、須賀川町を中心とする中通地方、平町を中心とする浜通地方に多くの酒造場がある。冠木吉郎氏の吉の川、星野嘉右衞門氏の佳乃江、山口儀平氏の会津一、油屋酒造店の奥の松、大木代吉氏の楽器正宗等が、昨年の全国品評会で優等に入賞して居る。
山形県は、秋田県と共に東北地方に於ける酒造地として其の名声夙に高く、殊に寒河江町、山形市、米沢市は其の中心地の観がある。酒質の統一した点に於て、又販売方法よろしきを得、県産酒の移出量の多い点に於て一頭地を抜いて居る。冲正宗、沢正宗、日の出、誉の菊水、一声の各印の如き、東京市場に於ても相当声価を博して居る。
秋田県は、酒の東北を代表して居るばかりでなく、全国的にも有名な酒の産地で、両関、爛漫、太平山、日の丸、比羅夫、新政、福娘、しら菊等は東京市場に於ても有名な銘柄である。
◎『宮城県の全貌』 (82-84頁)より採録