政治家が犯罪をしても罰せられなければ大衆も犯罪を犯すようになる。しかし人間は犯罪者になることに恐れを抱く
その恐れを取り除くにはどうするか
それは簡単な話で政府が犯罪を奨励すれば良い。外国人から収奪することを合法化すれば大衆は意気揚々と犯罪者になれる
現状の日本人はここまで来ている
たとえ国連のような組織から政府が批判されても大衆は跳ね除けるだろう
なぜなら大衆は被害者になることを望むからだ
たとえ自分たちが外国人を嬲っても強制されただけである、という言い訳を欲しているのである。たとえ政府の無能故に困窮しても国民は政府を指示する
非難するとすれば
岸田首相の「国民自らの責任」に対する批判がよく日本人の被害者意識を現している
日本人は政府が傲岸不遜である分には耐え忍ぶ事ができるが、人民は責任を持つという民主制の常識に耐えられないのである
これは何も新しい価値観ではなく戦後から続いていたことである
戦後、それまで国策映画を撮っていた木下恵介は戦争協力者である自分を正当化するために日本人全てが被害者である、と言って戦争責任から逃げ出したのだ。
先程挙げた通り国家の行いは人民自身が償うべきだが木下恵介はそれをおこたった。同時代の黒澤も時代劇へ逃走する
最初に人民を糾したのは子供だ
大島渚は『太陽の墓場』で皇国を懐かしむ中年を粛清した。宮崎駿は『未来少年コナン』で戦争を始めたのは大人だと激しく怒った
数年前までは彼らの作品が自分の祖父母と話している気持ちにさせてくれたのだが、今は自分の子供と話している心持ちになる
十年後の子供達はどう感じるだろうか