祖母の思い | さとかのブログ

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今朝の浅草は12度でした。

連日テレビで上野公園の桜を映してますね(≡^∇^≡)


さて。


ニュースで、祖母が1歳半の孫を殺害という

痛ましい報道を知りました。


祖母の娘にあたる(赤ちゃんのお母さん)が

夫婦で食事に行くから赤ちゃん預かってといって

孫をおいていったので腹がたった。


こんなニュースでした。


この事件云々については語りませんが、

ワタクシ自身のことを思い出しました。


離婚して突然、赤ちゃん連れで実家にもどったワタクシ母子を

助けるために

その日からまったく今までと違った生活を強いられてしまった両親。


両親は、やっと子供達も家庭をもって一段落。

これからはのんびり二人で老後でも楽しもうかといったところへ

ワタクシと、その息子(1歳)が舞い込んできたんです。


だけど、ワタクシもその時は頭がいっぱいいっぱいでした。


早く仕事見つけなきゃ。

保育園の申し込みしなきゃ。

お金、どうしよう。

これからちゃんと育てられるのかな。


と、普通の精神ではいられませんでした。


だからという訳ではないですが、

娘が離婚してボロボロで帰ってきてるのだから

親は、助けてくれてもアタリ前じゃないの

って、いう気持ちがありました。

今振り返ると恥ずかしいです、自分のばかっぷりに。


母も、一生懸命に

かわいい孫のために、かわいい娘のために

頑張ってくれました。


やっと仕事が決まり、毎日必死で働く私に代わって

保育園の送迎やオムツの洗濯。

当時は、布オムツ使用だったので母が保育園から息子を連れて帰ると

布オムツを薬剤に浸して、手洗いしてくれました。


そんな日々が何年も続き、母とワタクシの関係がギクシャクしてきました。


ワタクシの会社での飲み会や

ママ友とのお付き合い、そして、新たな恋。

すべてが気に入らない母。


何度も何度も大喧嘩を繰り返し、そして母子で実家を出ることになりました。


そんな昔のことをふっと思い出しました。


今となっては、

あなたと孫と暮らしていたときが一番幸せだったと

母は懐かしそうに話してくれますが

こんな笑いあえる日がくるなんて、想像できないくらい険悪な関係でした。


今では離婚も珍しくないし、

きっと、こんな親子関係で悩んでいる方も多いと思います。

母も、ワタクシの何倍も何倍も悲しくて、つらくて、苦しかったのに。

それは今だからこそ、分かるんです。

その年にならない事ってあるんですね。

一生勉強ってホントですね。


母も7月で77歳。


今度福岡に帰ったら、

沢山やさしくしたいです。

母の大好物のウナギを一緒に食べたいと思ったさとかでしたクラッカー