2010年7月7日
訓練所に入所してから1年経ったということで
これまでの無事と
これからも頑張ろうってことで
同期+近所に住むボランティア3人
で集まりました
いつも助けてくれ
その存在自体で心強い大切な同期です
おいしいごはん
いつもありがとう♪
訓練所から2年の先輩もおめでとう♫
飲み過ぎてそのままみんなでお泊りし
翌日、昼
また、腹ペコで行こうっと♪
他の国の同期もおめでとー!!!!
ここはUNRWA
(国際連合パレスチナ難民救済事業機関
United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East
で活動する先輩隊員の学校の前の
オフィス
そこで働く彼
「ガーズィー」
どうやらUNRWAの偉い人らしいが
どうしても私には
おすぎとピーコにしか見えない
口癖は『プリティー』
物事をプリティかそうでないかで
振り分ける
「その服プリティーじゃなーい」
「今日の天気プリティーね」
ガールズトークをしている気になる
そんな彼の誕生日を祝いに
やってきた
「キャー!プリティ サプライズ」
ケーキにはしゃぐ姿は少女そのもの
「こんなに食べたら太るじゃない」
と気にする姿も少女そのもの
プリティー ガーズィー ガーデンにて
お誕生日おめでと
2月に入籍してから4カ月
今日は挙式と披露宴
お嫁さんは
お嫁さんのおかあさんがつくったドレスで登場
家族中が固唾を飲んで見守った
お父さんの始めの挨拶
気が気じゃなかった私たちの気持ちとうらはらに
やんばいでしたー!!
スライドもサイズが合わなくて
失敗したけど
みんなに「いがったよ」と
「今度作ってよ」
お褒めのお言葉を頂き
作った甲斐があった。
おめでとう
いんくん
なんて言うか
結婚式って親孝行だにゃ
あんなにめそめそして
おねしょしまくってたのに
挙式で見た時「大人になったなー」と感心した
結婚式には95歳のおばあちゃんも出席♫
「里佳帰ってくるまで、元気でいっさげのー」
「ちゃんとごはん食わえあんなだ?」
「体さ気をつけねまねぞ!!いいが!!」
「悪ぃ人さ、ついで行ぐなよ!」
私が30歳でおばあちゃんが95歳であろうとも
やっぱり私は
いつまでたっても『孫』
いっぱい心配されて
パワーをもらった!!
いんくんのおかげで
おばあちゃんも嬉しそうだった
2次会は親戚とお店を貸し切って♪
お父さんが
「なして俺、ばあさんとデュエットさねんねなーじゅ」と
いいながら楽しそうだった
そしてこの日めでたく『喜寿( ´艸`)』
慌ててケーキ買って
サプライズパーティー
親戚に会ってみんなに励まされ
またヨルダン帰って頑張るぞ!!!と
気合が入った
私も帰ったらみんなにお返しするんだー♫
親孝行はまあ…できないけど(笑)
1番下の弟のたかに運転してもらい
いざ仙台へ
仙台につくまで
何台ものがれきを積んだトラックとすれ違う
小さい頃から、仙台に行くのは楽しみで
大好きで…
でも、避難所、
屋根が崩れてビニールシートで覆われた家、
余震、
近づくにつれ
たかも私も会話がなくなった
仙台駅は
まだ階段もなおってなくて
所々に「危険」の表記があった
ダイヤも乱れていたし、海の方に行く電車は
止まっていた
ひとも街も
『頑張ろう』で溢れていた
修学旅行でみんなで来て
チャゲアスを歌った
おいしい物を食べに
家族とよく来た
買い物をしに
友だちとよく来た
デートした
ミスチルのライブにいった場所は
遺体が安置されていた
いろんな思い出が
一瞬でよみがえる
自然ってきれいで大きくて癒されて
でも、すごく怖いものなんだ
私
今何をすればいいんだろう
すごくもどかしく
自分の人間の小ささ!!!
「復興のための地元食材で作ったチーズケーキ」
「がんばろう東北・がんばろう仙台の絵」
「募金」
その時目に入ったものを
とりあえず全部やった
友だちの話も聞いた
―はるなの家の土砂の話
―あずちゃんが橋のてっぺんにいて津波を免れたけど
1日動けなかったこと
―家族が自分のことをもう死んだと思っていたこと
何があるかわからないから、
今を一生懸命生きようと
『生きること』『生きていること』
話し、考えた
地震は怖い
でも、きっと未来は明るい
こどもたちに明るい未来を残したい!
そのために考えて考えて
残していこう
6/19~
日本に任国外旅行(*^ー^)ノ
大家さんにチケット取るの手伝ってもらって
(オリーブオイル3つ没収されたりしたけど)
アンマンクイーンアリア空港を1時間遅れで出発
砂漠の国から―――――
映画『SEX and the City 2』でおなじみ
アブダビ空港(*´Д`)=з
トランジット間に合わず空港内をダッシュ( ̄□ ̄;)!!
…スーツケースは結局間に合わず
成田―
表記が全部日本語で
会話も全て聞き取れ
誰もアラビア語を使っていない( ̄□ ̄;)!!
頭が混乱。
普段アラビア語を聞き取ろうと
脳が耳が頑張っているからだろう
頭に日本語が入りすぎて
混乱した(ノω・、)
テレフォンカードを購入!
電車を乗り継ぎ
新幹線へ乗って
こんな大きい荷物を持っているのに
誰も
「どうした?」
「手伝おうか」
「どこに行くんだ?」
って聞いて来ない
むしろ「じゃまくさい」って顔のおじさんもいる
逆カルチャーショーック!!!!!\(*`∧´)/
いざおうちへ・・・
この看板さえ嬉しい!(´▽`)
「いいなだー!来ってがったなだじゅー
こっちごそ、じゃまだなんねがじゅにゃー」
看板と会話する
この時点で
かなり怪しいε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ
家に帰って、
家族に会い
おじいちゃんとおばあちゃんの
仏壇に
「いんくんが結婚するから帰ってきたよ」という
久々のおうちごはん♪
今日は21-1送別会
今まで実感が沸かなかったけど
2年の任期を終えて
清々しい、誇らしい顔で
お世話になった人に挨拶をしながら
笑っている顔を見ているうちに
…ちょっと寂しくなった
この日のために1から始めたギター。
指が痛くなって
ギターを弾く誰もを尊敬し
プレッシャーに弱い自分にガッカリした。
本番はアルペジオのソロのとこを
始めて間違わずに弾けた
レミオロメンの『3月9日』
演奏している人も
歌っている人も
聞いている人も
みんなそれぞれ
先輩方との思い出や感謝や
労いや寂しさや…
いろんな思いでいっぱいだった
加齢臭を心配し
匂いチェックをさせられた
翌日早いのに
誕生会に来てくれた
活動を見学させてもらった
アラビア語の下ネタを教えてくれた
「活動どうよ」
相談にのってもらった
相手に必ず1本残すって
この人たちに教わった
みんな彼らを慕って
いつもみんなのことを考え
隊員を引っ張っていってくれた
みんな彼らに少なからず影響を受けた
―730日
本当にお疲れさまでした
ありがとうございました
2次会
奇跡的に活躍
…短大時代の体育
「ボウリング専攻」が功を奏した
みごと我々の勝利!
ふざけて笑う時間も
みんな、どこかさびしく
よそよそしく
不思議な時間だったな
---だけど
その中でただ一人
私たちよりもつらかった
今、口が開かない
ほっぺが腫れていて
ごはんも小さく小さく刻んで
口に入れてもしばらく飲みこめずにいる
歯ブラシが大きすぎて口に入らない
日本に帰ったら
乳児用の歯ブラシを買って来よう
お大事に
(アリフアルハンドゥリラ サラームティック)