昨日(7月24日)はあゆちゃんの49日でした。
無事に49日を終えることができました。
昨日の夜、また夢?夢じゃないような、一瞬目が覚めてまたポテっと寝てしまったような不思議な感覚の中、
全く夢にあゆちゃんは出てこなかったんだけれど、スーーーっと何かが空に行くような、とにかくヒュっというかスーーっというか、変な感覚がありました。
(しつこいですが、全く霊感とか霊をみたとか、そういう経験は無いです)
全然悲しいとか嬉しいとか、そういう感情は無かったんですが、
妙にスッキリというか・・・『???』という気分で目が覚め、
もしかして49日だったから???
あゆちゃん???
という、とにかく神秘的な体験をしたような気がします
昔から伝わる49日って、本当にお空に昇っていってしまう日なのかもしれない。
(今まで49日の意味すらよく知らなかったのにね
)
あたしがこの前、せっかく夢に出てきたあゆちゃんを、悲しいよー辛いよーーーと嘆いていたので、
あゆちゃん、気にして夢に出るのはやめちゃったのかも

夢のあゆちゃんは、可愛い声でいつもみたいに「あっ~」と言って笑ってくれていたのにね
お空に昇る前に、ママに笑顔を見せに来てくれたんだね![]()
お仏壇も49日に間に合い、今朝、祭壇が無くなりました。
仏壇、シンプルだけど【モダン仏壇】でお値段しましたよ~![]()
あぁ・・・なんでもお金かかりますね
それでも、あゆちゃんのおもちゃや49日に贈ってもらったお花たちのお陰で、
とっても華やかで、あゆちゃんだって淋しくないはず
何より、気持ちはいつも私たち家族と一緒ですから

納骨はもう少し。
でも、分骨はしたくないと考えています。
世の中にはメモリアルペンダント(遺骨を少し入れて持ち歩くペンダント)とかが出回っているから、
一瞬 「うーーーーーーん・・・・」 とも考えたんですが・・・・
もし、万が一、無くしてしまった時は激しく後悔するだろうな、と思うのが1つと、
あとはやはり、身体の一部を持つことで、お空で『指一本足りない!』とか、『足の骨がちょびっと無いばかりに、走って遊べない!』となってしまったらどうしよう、という気持ち。
勝手なあたしのイメージなので、分骨をしてる方を否定することではないですよ![]()
そしていつかはお骨はお墓に。
あたしもパパも、みーんな同じお墓で土に還ろうかと思うのです。
(お墓って、骨壷からザーっと骨をあけるんだって、知ってた?)
そう思うとお墓ってすごい。
生きてる私たちが、いつかはみんな重なり合って土に還り、
土の栄養となって、綺麗なお花を咲かせるかもしれないのだものね。
生き物として当然だけど、でも人間として生まれたお陰で“お墓”で守られて、
愛する人とは土の栄養となるまでずーっと一緒なんだね。
そんなことを考えた49日でした。
