言葉だけがひとり歩き。バリアフリーの現実を考えたことがありますか? | マーサのイジラレブログ アラフィフの手習い

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ごめんなさい。変わった特技ありません。
日々それなりの幸せを感じながら生きてます。
関わる人が笑顔でいてほしい。でもポジティブ過ぎると疲れません?
ぼちぼちのんびりいきましょうよ
そんな感じです。

東京の地下鉄駅ホームで、盲導犬を連れていた視覚障害のある男性が転落死したニュースがあった。

 

点字ブロックに重なるように並んだ柱を盲導犬が避けようとした結果、男性を線路側に誘導することになったと報道させている。

 

バリアフリー。

 

大辞林より一部抜粋。

〔障壁のない意〕

高齢者や障害者が社会生活を送るうえで、障壁となるものを取り除くこと。社会制度、人々の意識、情報の提供などに生じるさまざまな障壁をふくめて、それらを取り除くことをいう。

 

一番大きくて、一番多くの障壁は人々の意識にある。

 

今回、起こったことは健常者視点で形だけバリアフリーを装ったから。

点字ブロックを設置することに意味があるんじゃない。

管理者は、実際に目隠しして歩いたことがあったのだろうか?

 

 

そして、僕がかつて経験したこと。

 

あるとき突然歩行が困難になり、いつもの道のりを倍の時間をかけて、ゆっくりゆっくり歩いて通勤を余儀なくされた。

 

階段は下りがつらいのに上りしかないエスカレーター。

 

エレベーターに乗るためにはホームの反対側まで混雑を避けて歩く。

 

手すりを使いたいのに、右側左側の区別を無視してみんなが通る。前も見ずに。

 

階段を避けてスロープを通ったら、全速力で走り去る会社員がぶつかり舌打ちされる。

 

イヤホンしたまま歩いてきて避けようともしないOL。

 

ホントにきりがない。

情けなくて、悔しくて、アホらしくて、泣きそうになった。

 

突然歩けなくなるなんて思わなかった。

こんなにも歩きづらい世の中だと知らなかった。

 

歩けなくなると、世界は全然違ってた。

 

いつもの当たり前が幸せなことなんて知らなかった。

 

 

残念だけど、きっとみんな同じ立場にならないとわからない。

体験し体感し、自分の言葉で考えないとわからない。

 

クスリでコントロール出来ているいま、僕はもう忘れているかもしれない。

 

こころの障壁はないか?

自戒をこめて。