そうちゃんの状態が不安定に戻ってしまったこの日、私は久々に眠れない夜を過ごしていました。
そして手元に置いておいた携帯を夜中に何度も確認しては、病院からの着信がないことにホッとしていました。
そのまま病院からの連絡もなく迎えられた術後13日目の朝。
どうにも落ち着かなかった私は、仕事に出かける主人を見送った後、すぐに病院へと向かう準備を始めました。
こんな時でも仕事に向かわなくてはならない主人を見ていると、会いたいときに病院に行くことのできる私はまだ幸せなのだろうと感じていました。
病院に着くと、私は小走りでNICUへ向かいました。
すると、前日には顔色も悪く心配だったそうちゃんは、この日はとても顔色が良くなっていて、穏やかな顔でぐっすりと眠っていました。
また、酸素を50%も入れ続けていなければ保てなかったサチュレーションも、この日は酸素を入れずになんとか85以上を保つことができていました。
後から来た先生の説明では、もちろんたった1日で肺炎が治った訳ではなく、まだまだ呼吸状態も良い状態とは言えないけれど、本人がとても頑張っているから、酸素なしでどこまで頑張れるかを様子を見ているところだと教えてくださいました。
そうちゃんに会うまでは、前日の怖かった出来事が何度も頭をよぎっては胸が苦しくなっていましたが、このようなことがある度にいつも沢山の頑張りを見せてくれて、弱った心に喝を入れてくれるのはやはりそうちゃんでした。
きっとまた乗り越えてくれる。
最後にはいつもそう思わせてくれました。
そして、先生方のおかげで、そうちゃんは確実に回復へと向かっていきました。
翌日に控えていた元の病院へ戻る予定も、前日までは延期になるだろうと覚悟していましたが、午後には「この調子なら明日戻れるかもね」と、先生とそんな会話ができるほどにまでになっていました。
まだ回復途中のそうちゃんをあまり無理させたくないような気持ちも少しありましたが、でも、そうちゃんが大好きなあの場所にまた戻れることを想うと、早く帰りたいような気持ちにもなりました。
そして、私たちが先生方の判断を待っていた時、その答えよりも先に、思わぬ知らせが届くこととなりました。
それは入院中に受けた、病院内で研究されているという遺伝子検査の結果でした。
まさかこんなにも早く結果を聞くことができると思っていなかったので、心の準備もできていないまま私たちは面談室へと向かいました。
そうちゃんの診断名になっていた先天性多発性翼状片症候群に関わるという遺伝子検査の結果。
この遺伝子に変異が見られた場合には、そうちゃんの病気はほぼ確定することになることが分かっていました。
そして手元に置いておいた携帯を夜中に何度も確認しては、病院からの着信がないことにホッとしていました。
そのまま病院からの連絡もなく迎えられた術後13日目の朝。
どうにも落ち着かなかった私は、仕事に出かける主人を見送った後、すぐに病院へと向かう準備を始めました。
こんな時でも仕事に向かわなくてはならない主人を見ていると、会いたいときに病院に行くことのできる私はまだ幸せなのだろうと感じていました。
病院に着くと、私は小走りでNICUへ向かいました。
すると、前日には顔色も悪く心配だったそうちゃんは、この日はとても顔色が良くなっていて、穏やかな顔でぐっすりと眠っていました。
また、酸素を50%も入れ続けていなければ保てなかったサチュレーションも、この日は酸素を入れずになんとか85以上を保つことができていました。
後から来た先生の説明では、もちろんたった1日で肺炎が治った訳ではなく、まだまだ呼吸状態も良い状態とは言えないけれど、本人がとても頑張っているから、酸素なしでどこまで頑張れるかを様子を見ているところだと教えてくださいました。
そうちゃんに会うまでは、前日の怖かった出来事が何度も頭をよぎっては胸が苦しくなっていましたが、このようなことがある度にいつも沢山の頑張りを見せてくれて、弱った心に喝を入れてくれるのはやはりそうちゃんでした。
きっとまた乗り越えてくれる。
最後にはいつもそう思わせてくれました。
そして、先生方のおかげで、そうちゃんは確実に回復へと向かっていきました。
翌日に控えていた元の病院へ戻る予定も、前日までは延期になるだろうと覚悟していましたが、午後には「この調子なら明日戻れるかもね」と、先生とそんな会話ができるほどにまでになっていました。
まだ回復途中のそうちゃんをあまり無理させたくないような気持ちも少しありましたが、でも、そうちゃんが大好きなあの場所にまた戻れることを想うと、早く帰りたいような気持ちにもなりました。
そして、私たちが先生方の判断を待っていた時、その答えよりも先に、思わぬ知らせが届くこととなりました。
それは入院中に受けた、病院内で研究されているという遺伝子検査の結果でした。
まさかこんなにも早く結果を聞くことができると思っていなかったので、心の準備もできていないまま私たちは面談室へと向かいました。
そうちゃんの診断名になっていた先天性多発性翼状片症候群に関わるという遺伝子検査の結果。
この遺伝子に変異が見られた場合には、そうちゃんの病気はほぼ確定することになることが分かっていました。
ちゃんと受け入れて前に進まないと。
おそらく変異が認められる可能性が高く、研究の対象となるために受けていた検査だったので、私たちは結果を受け入れるための心の準備をすることばかりを考えていました。
ところが、私たちの前に座った先生が開口一番に告げたその結果は、
検査した遺伝子に異常なし。
予想外の結果に、その後の説明もなんだか集中できず、嬉しいような、よく分からないような、なんとも言い難い気持ちになっていました。
そうちゃんの病気は一体何なの?
これまで自分なりにも色々と調べてきて、確かに先天性多発性翼状片症候群という診断にしっくりきていないところもありましたが、かと言ってそれ以上にしっくりとくるような病名や情報も見つけられず、よく分からないというのが正直なところでした。それは先生方に聞いても同じでした。
それが今回の結果でますます分からなくなってしまいました。
また、この検査とは別に、そうちゃんと私たち夫婦の全ての遺伝子も検査していただくことが決まっていましたが、先生からはそうちゃんの病気については原因不明と結果が出る可能性が高いのではないかとお話しされました。
少し複雑な気持ちではありましたが、それと同時に、もう何かの病気に当てはめて情報に頼るのではなく、目の前のそうちゃんの症状と向き合っていくしかないのだろうと、この時からそう感じ始めていました。
そして今回、肺炎の辛い症状から回復してきてくれていたそうちゃんを想うと、これからどんな検査結果や症状が出ても、自分たちが一生懸命向き合って行けばいつか光が見えてくるのではないかと、変えられない結果に悩むよりも信じることが自分たちにとっては大切なことだろうと改めて考え直していました。
そして、この検査結果の面談のあと、そうちゃんは驚異的な回復により、翌日に元の病院に戻れることが決定しました。