提案していただいてから、あっという間に訪れたGCUへの移動日。
あれよあれよと言う間にこの日を迎え、当日の朝になってもなんだか信じられない気持ちでいました。
そしてNICUに到着すると、少し呼吸が荒く、あまり調子が良くなさそうに見えるそうちゃん。
そばにいた2人の夜勤の看護師さんから、昨晩は痰が多くてほとんど寝られず、少し不調気味であることを教えてもらいました。
「GCUに行くから緊張してるのかな。子供って意外とこういうとき敏感だからねー。」
後から来た、NICUでとてもお世話になった看護主任さんのその言葉を聞いても、私はなんだか落ち着きませんでした。
本当にそれだけだといいな…。
こんな時、もう少し余裕でいられたらとは思うのですが、そうちゃんの調子が悪くなると、どうしてもこれまでの色々なことがよぎってしまい、表向きには平気なフリをしていても内心はそわそわしてしまっていました。
そんな中、移動の準備は着々と進み、同じフロアの移動ではありましたが、手動で呼吸を補助するバギングや酸素も用意されていました。
少しずつ実感が湧いてくると、少し淋しさを感じながら、約5ヶ月間お世話になった思い出の沢山詰まったNICUを見渡し、これまでのことを思い出していました。
ここで色々なことがあったな…。
ただただ不安で仕方のなかった11月。
リハビリやお風呂を始めて可動域も表情も喜びも増えた12月。
大変だった敗血症を力強く乗り越えてくれた1月。
初めてのCT検査で食道裂孔ヘルニアと腹壁ヘルニアが発覚した2月。
保育士さんや看護主任Nさんとの出会いでやれることも表情もより一層増えた3月。
そして4月にGCUへお引越し。
振り返れば振り返るほど、ここまでずっと頑張ってくれたそうちゃんへの感謝の思いは尽きませんでした。
これからはどんな未来が待ってるのかな。
気づくと不安よりも、またそうちゃんと新しいスタートを迎えられる楽しみの方が大きくなっていました。
すると突然、NICUに聞きなれない大きな声が響き渡りました。
「おっはよー!準備どうー?」
あの元気なNさんを上回る大きな声の主は看護師の格好をした50歳台の女性でした。
「あ、お母さん?よろしくねー!」
小さくてふくよかで笑顔のよく似合うその女性は、GCUの係長さんでした。
ほぼ同時に主治医が到着し、移動のためにバギングの準備を始めると、その係長さんは、
「あれ?Nさんから自発呼吸で結構頑張れるって聞いてるけど?そのまま行けないの?」
Nさんと雰囲気がとてもよく似てるなと思ったので、係長さんの口からNさんの名前が出てきて、やっぱり仲が良いんだなと妙に納得した私は自然と笑顔になっていました。
でも、主治医と看護師さんたちは係長さんの勢いにかなり圧倒されているようでした。
「大丈夫だって!ほら、お母さん抱っこしてったらいいじゃん!」
ほとんど強引に、そうちゃんは私が抱っこをして自発呼吸だけで移動することが決まりました。
もちろんこんなことは初めてで、そうちゃん自身が本調子ではない上に、自発呼吸で頑張る距離も時間も未経験の長さで、さらには移動中は心電図を外すので、顔色だけが唯一の状態の目安になるというなんとも不安な条件が揃っていました。
主治医も苦笑いでしたが、でも不思議と、私はさっきまでの不安が嘘のように大丈夫なような気がしていました。
そうと決まると、そうちゃんはあっという間に人工呼吸器も心電図もすべて外され、身軽な状態で私の腕の中に移されました。
NICUの余韻も感じる暇もないまま、私はそうちゃんに話しかけながら顔色を見ながら、すぐにGCUへと移動しました。
GCUに到着し、そうちゃんと一緒に移動されたベッドが整えられている間に、他の看護師さんがそうちゃんに先に心電図を付けてくださいました。
ドキドキしながらモニターを凝視していると、サチュレーションは90台をキープしていました。
「全然大丈夫じゃーん!」
係長さんはそう言うと、私にそうちゃんを抱かせたまま備品の準備などをし始め、結局10分以上も人工呼吸器を外したままでいましたが、サチュレーションを大幅に下げることはありませんでした。
GCU初日からそうちゃんはとってもよく頑張ってくれて、おかげで幸先の良いスタートを切ることができました
