私がゆっくりと落ち着いてGCUの雰囲気を感じることができたのは、そうちゃんが無事に人工呼吸器に繋がれて、呼吸が落ち着いていることを確認できてからでした。
移動中はそうちゃんの様子が気になるあまり周りが見えていませんでしたが、改めて見渡したGCUは、NICUとは違って窓からは自然光が差し込んでいて、とても明るい感じがしました。
そして聞いていた通り、面会をしている親御さんも多く、赤ちゃんの泣き声もあちこちから元気いっぱいに聞こえてきて、とても賑やかな雰囲気でした。
呼吸器によって声の出せないそうちゃんは、周りの元気な泣き声に目をまん丸にして、とても興奮しているように見えました。
いつかそうちゃんもあんな風に大きな声で泣いてくれる時が来るといいな。
そんなことが一瞬頭をよぎってしまいましたが、毎日一生懸命頑張ってくれているそうちゃんを想うと、他の子と比べるのだけは絶対にやめようと思いました。
ゆっくりでいいからね。
これからまた一緒に成長していこうね。
明るい雰囲気のおかげで、なんだか明るい未来が待っているような、そんな前向きな気持ちになることができました。
「こっちは賑やかでしょ。結構お母さん同士の交流もあったりして、みんなでランチしてたりするみたいだよ~。」
早速移動したそうちゃんの様子を見にきてくださったのは、臨床心理士の先生でした。
いつもそうちゃんや私たちのことを気にかけてくださり、こういう時もすぐに様子を見にきてくださる優しい先生。
でもその先生から出た『お母さん同士の交流』という言葉を聞いた瞬間だけは、ほんの少しだけ戸惑ってしまっている自分がいました。
言われて周りを見渡してみると、確かに赤ちゃんを抱っこしながら楽しそうにおしゃべりしたり情報交換のようなことをしているお母さん方が数名、視界に入りました。
周りのお母さん方が仲良く楽しそうにされている様子を見るのはとても微笑ましく感じましたが、私自身はというと、それまでNICUでは他のお母さん方と積極的にお友達になろうとしたことはありませんでした。
NICUとGCUには、小さく生まれて頑張って元気に成長した子、障害や後遺症を抱えながらも一生懸命成長している子、病気を乗り越えて回復できた子、治る見込みのない病気を抱えながらも毎日一生懸命に闘っている子など、色々な赤ちゃんがいて、それぞれ症状も重症度も様々であるのと同じように、ご家族の考え方や感じ方や想いも様々だったと思います。
当時は、そうちゃんは周りの赤ちゃんたちに比べると飛び抜けて入院期間が長く、そういう意味では最も症状が重いと言われている子だったかもしれません。
体もベッドもひとりだけ大きかったそうちゃんはとても目立っていました。
私は、そうちゃんを見られることには抵抗はなく、他のご両親と挨拶や簡単な言葉を交わすことはむしろ温かく感じて嬉しく思っていましたが、一度だけ、「毎日大変そうですね」と声をかけられて、とても複雑な気持ちになってしまった経験がありました。
労いの言葉だったので、素直にお礼を伝えましたが、大切な我が子と過ごす毎日を大変とは感じていなかったこの時の私にとっては、なんだか複雑な言葉でもありました。
このような複雑な環境では、人の優しさがそのまま真っ直ぐに届かないこともあるのだと、こんなにも繊細な感情もあるのだと、そんな経験から感じるようになってしまっていました。
たくましく頑張り続けられる人もいれば、ゆっくりとしか前に進めない人もいて、どれも間違いではなく、みんな大切な我が子のために色々な想いを抱えながら一生懸命に頑張っていたので、私は互いにそれを理解し合いながら、挨拶や適度な会話ができれば十分かなと思っていました。
でも、周りを見ながら、そういう訳にもいかない時も来るのかな…と少しだけ心しておくことにしましたが、でもやはり今は病院で友人を作ってランチをすることよりも、私にとっては何よりも大事なそうちゃんとの時間を大切にすることだけを考えようと思い直しました。
そして、昨晩から調子が悪かったと言われていたはずのそうちゃんが、何事もなかったように元気な赤ちゃんの泣き声に興奮して手足を動かしているのを見ていたら、なんだか面白くて笑ってしまって、自分の考えていたこともとてもちっぽけなことに感じました。
そしてGCUに来てから、周りの赤ちゃんの声に敏感に反応するそうちゃんを見ているのがとても嬉しくて、いつかそうちゃんに弟か妹を作ってあげられたらいな…と、この頃からそんな新たな夢を描くようになっていました。