産後6日目の朝。
この日は祝日でした。


急性肺血栓塞栓症と言われてから丸1日が経過しましたが、点滴が効いたのか症状は少しずつ良くなっているような気がしました。


血液検査を済ませてしばらくすると、この日はお休みのはずの先生が、見慣れない私服姿で私の病室を訪ねてきました。


「具合はどう?」

昨日と同じように症状を確認され、良くなっていることを伝えると、


「色々考えたんだけど、やっぱり早く会わせてあげたいし、今日病院行こうか。」

突然のその言葉に私は驚きましたが、「はい!」と先生の気が変わらないうちにすぐに返事をしました。

昨日は諦めるように言ってたのに、今日になって、わざわざ休みの日それを言いに来てくれるなんて、きっとあれからすごく考えてくれたんだろうな。

本当に優しい先生だな。


「100%安心とは言えないんだけど、良くはなってきてるみたいだし、まぁ行き先は病院だからね。具合がおかしいと思ったらすぐ助けてもらえるでしょ。」


冗談ぽく笑いながら、「ほら、ご主人に連絡しないと」と嬉しそうに話してくれました。

いつも心配性で慎重な先生が出してくださった勇気ある決断に、私はただただ感謝の気持ちでいっぱいでした。


そして、病院に行く準備をしていた主人は、連絡をすると喜んですぐに産院に飛んできてくれました。


少しでもおかしいと思ったら必ず引き返すこと、もしくは病院ではすぐに医師か看護師に伝えること、そして絶対に無理をしないことを先生と約束しました。


そうちゃんに会える。

やっと、やっと会える。


私はすぐに準備を済ませ、先生と看護師さんに見送られて、そうちゃんのいる病院へ向かいました。


久しぶりの外の空気は少し冷たくなっていて、約1週間程の入院生活でしたが、外の風や景色、車の揺れなど、すべてが懐かしくて、心地良く感じていました。


そして、車で40分程で病院へ到着しました。
とても大きな病院でしたが、祝日なので外来はお休みで院内は薄暗く閑散としていました。

私は先生に言われた通りに車椅子に乗せられて、主人に押してもらい進んでいくと、なんだか急に緊張してきました。

迷路のような通路を、主人は迷うことなくどんどん進んでいきました。

そして、エレベーターに乗って、そうちゃんのいるフロアに着くと、そこは少し雰囲気が違って明るく、保育園のように可愛い装飾がしてあって、おかげで少しだけ和むことができました。

そのフロアにたどり着いてからは、いくつか自動扉を通ってようやく【NICU】という扉が見えました。

荷物をロッカーに入れて、手洗いを終えると、主人は入口のインターホンを押して名前を伝えました。

すると自動扉が開き、さらにその先にある自動扉の前で消毒を済ませると、その奥には沢山の保育器や機械がぎっしりと並んでいました。

想像もしていなかったNICUの光景に、またしても緊張が高まったところで、ひとりの看護師さんが出迎えてくださり、一番奥にいるそうちゃんのところへ誘導してくださいました。
そして進んで行くと、保育器ではなく小さなベッドに寝ているそうちゃんが見えてきました。

初めて見るそうちゃん。

『ちっちゃい…』

その時のそうちゃんは2700gくらいで、NICUにいる赤ちゃんの中ではかなり大きい方でしたが、ビデオでしか見ていなかった私にとってはすごくすごく小さく感じました。


こんな小さな身体で頑張ってたんだ…。

そうちゃんの身体には色々なものが固定されていて、それが思っていたよりも痛々しく見えて、触れることも躊躇してしまった私は、ビデオで見るのと同じくらいの距離で、じっと見つめることしかできませんでした。


「そうちゃん、ママだよ。覚えてる?」

「頑張ってくれてありがとう」


眠っているそうちゃんに向かって、そう伝えるのが精一杯でした。

これ以上話すとまた泣いてしまいそうで、私はただただ見つめることしかできませんでした。


看護師さんは「触ってあげてください」と声をかけてくださいましたが、どこをどう触っていいか戸惑っていると、頭を包むようにと優しく触り方を教えてくれました。


私は言われた通りに、慣れない手つきで、頭を包み込むように手を当ててみると、心なしかそうちゃんが少し動いたような気がしました。

『そうちゃん…』

胸がいっぱいで何も考えられなくなっていた私は、何度も何度も心の中でそうちゃんの名前を呼んでいました。


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