今年のお正月明け…15日に母を亡くしました。

父は2年前に亡くなり、今は相続手続きを進めている所です。

妹夫婦とは色々あり、決して良好な関係ではありませんがそれにしても酷い事が次々と発覚し混乱しています。


今後は相続手続きについての生々しい話しになると思います。

私の場合はかなり特殊な形だと思いますが、もし同じような事で悩んでおいでの方がいらっしゃったら

参考になればと書いて行こうと思います。


記録の為に書いています。

お付き合いいただけたら嬉しいです。


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私の職場のお客さんで、お母様が施設に入っておいでの方がいます。


先日の事でした。


母がいよいよ危ないらしいの…

今度いつこちらに来られるかわからないわ…


そして今日


母が亡くなりました。

今日お通夜です。

正直な所、涙はまだ出ないの。

うーん、ホッとしたっていうのが正直な気持ちかな。

母は楽になったんだなって。

毎日携帯を抱えて寝ていたから…私もその状態から解放された気がする。


お話を少ししてお悔やみを伝えて、お客様は帰っていかれました。


暫くして…気づきました。

ああそうか!


普通は危篤状態になったら、その施設若しくは病院から連絡があるんだ…

そして、いよいよの時には連絡があり、最期の瞬間に立ち会う事ができるんだな。


私は…


私は…


母が亡くなって数時間経ち、他の親戚全てに連絡が行ってから知った…

叔母が妹子を叱りつけ、私に電話させてくれた。


3年ぶりに会った母は、冷たくなっていた。


今でも忘れられない。


なぜ、なぜ妹子は連絡をくれなかったのか。

そこまで私の事を嫌っていたのか。

私も母の娘なのに…


最期を迎える母の手をさすり、脚をさすり…

「お母さん、ありがとう。大好きだよ!」と声をかけたかった。


冷たくなった母に対面した私の口から出たのは


「お母さん、ごめんね、ごめんね、ごめんね…」


何度言っただろう。

ひたすら謝るしかなかった。


忘れていたわけではない。

ただ、今日のお客様のエピソードを聞いて、その時の事が鮮やかに思い出されてしまった。

涙が溢れた。


いつか…妹子と話せる時が来たら。

この時の事を問いただす事ができるだろうか。


父の四十九日法要以来、妹子とはまともに話していない。

怒鳴りつける事も、ひっぱたく事もしていない。


いつかできる時が来るのだろうか…


母親との別れが、あまりにも辛すぎて…

妹子に対して何も言っていない事で、感情に蓋をしているんだろうな。

妹子への思い(怒り)が溢れ出す時は来るのだろうか。