高校野球の敵といえば、昔は相手校だった。
剛速球を投げるエース。
鉄壁の守備。
地鳴りのような応援団。
ところが最近、
最も手ごわい相手はベンチの向こう側にはいない。
空にいる。
太陽である。
相手投手の球速は150キロ。
気温は40度。
どちらも簡単には打ち返せない。
しかも太陽は、
九回まで投げ続けても球威が落ちない。
地方大会を勝ち抜き、
ようやくたどり着いた甲子園。
その大舞台で選手が戦っている相手は、
相手校、緊張、疲労、そして災害級の暑さだ。
もはや青春ではなく、サバイバルである。
2026年の夏の甲子園では、
暑い時間帯を避けるための運営がさらに拡大された。
開会式は午後4時、
開幕試合は午後5時30分。
朝と午後に試合を分ける二部制など、
暑さを避ける時間帯での開催は計10日に増やされた。
さらに五回終了後には、
選手全員が冷房の効いた場所へ移動するクーリングタイムがある。
サーモグラフィーで体温を測り、アイススラリーを飲み、
手のひらや首を冷やし、必要ならユニホームまで着替える。
昔の高校球児が見れば、
「試合中に休憩するのか」
と言うかもしれない。
しかし、昔と今では暑さのステージが違う。
昭和の夏が地区予選なら、
令和の夏は全国大会である。
実際、甲子園では選手の熱中症が疑われる症状が、
2024年大会で58件、2025年大会でも24件確認されている。
症状の85%以上は六回以降に発生し、
途中交代に至った例もある。
気合で体温は下がらない。
根性で水分は補給されない。
監督が「ここからが勝負や」と叫んでも、
太陽は空気を読んでくれない。
高校野球には伝統がある。
真夏の青空。
土にまみれたユニホーム。
アルプス席から響くブラスバンド。
それらすべてが、甲子園の魅力だと思う。
しかし、伝統とは同じことを永遠に続けることではない。
時代に合わせて形を変えながら、残していくことだ。
試合時間を変える。
休憩を増やす。
場合によってはドーム球場や開催時期の変更も検討する。
それで甲子園の価値が下がるとは思わない。
むしろ選手の命と将来を守れない大会なら、
伝統を語る資格はない。
高校球児の本当の目的は、
倒れるまで頑張ることではない。
全力で試合をし、無事に家へ帰ることだ。
甲子園の敵は、相手校ではなく太陽になった。
そして太陽を攻略する方法は、気合ではない。
試合開始時間を変えることである。
次回の回胴風雲児をお楽しみに♪