生活は便利になり、必要なものは手に入り、何もかもが与えられ、モノは溢れかえり、情報は錯綜し、人間の在り方や生き方が多様化している今。
今の日本にはない活気が、あの時代にはあったのだろう。
人々の意識が、何か渇望にも似たパワーに満ち溢れていた時代。
若者はみなぎるエネルギーをありのままに表現し、大人達もこれからの時代を切り開こうとしている。
そのパワーの集合体が活気を生み出していたのだろう。
技術が進歩し、生活が便利になる一方で知らず知らずのうちに人々が忘れてきたものは何か。
それは『コア』さ。
何かに向かってひたむきに生きたり、ガムシャラに立ち向かおうとする精神が段々と薄っぺらくなってきたのかもしれない。
薄っぺらさをコアなものにする為には、目の前の仕事や自分に足りない課題を見つめ、極めていくこと。
社長が言った『職人になれ』というのはそういう事で、もっと美容師という仕事に誇りを持ち、好きになり、その誇りや魅力を皆が語り合い、深く考察し、個の信念を確立し、社会の流れや時代に流される事なく、ブレない軸を保ったまま、戦略的視点や発展的視点、成長的視点から物事を捉え、柔軟に生き抜いていくことだと僕は理解している。
それが全体としての信念になるのだと。
GARDENの須崎さんのブログで書かれていた内容は、正にその今の風潮をものの見事に表現されていて、『薄っぺらさ』と『コアさ』を異なる側面から提起されていた。
http://t.co/Mr6Y4om
それは自分に対して凄く感じる部分であって、色んな事を考えさせられた。
カルチェラタンの中には、そういった活気やひたむきさ、コアさが渦巻いていた。
皆がその渦中にいた。
もっともっと行動をし、苦労をして、人間的に強くならなければいけない。
その積み重ねが、美容師としての成長に繋がると信じて。
髪を切ると言うことは、何故にこんなにも深く、難しく、楽しいのであろうか。
美容師には学ぶべきたくさんの技術がある。
カラー、パーマ、セット、エクステ、メイク、etc。
その中でも、一番こだわるべき技術は僕の中でカット。
何をするにもカットが大切。
美容師には終わりがない。
杭を打った時点で、成長が止まるから。
それは進化することを自ら止めることと同じだ。
『一に人格、二に技術。』
僕の母校の専門学校の校訓。
人と人とが触れ合う美容師という職業は、どちらの進化も必要不可欠で、これほど自分や他人と向き合える仕事を好きになれたことが何より幸せだと思う今日この頃。
社長も常々、『人としての成長なくして、技術の進歩なし』と、人間力向上の大切さを伝えてくれている。
美容師の持つ人を綺麗にする力と言うのは、極論、努力をすれば誰にでも出来ること。
がしかし、その努力の上に大きく関わり、その進歩に欠かせないのが人間力だ。
最近その意味が少し分かって来た気がする。
何が正しいのか何て分からないけど、自分なりに少しずつ、それを探求して行こうと思う。
美容師の持つ綺麗にする力と人間力を、お客様へ提供する技術に乗せて、伝えて行く、その結果、みんなが幸せになる。
それって超幸せなことじゃん。
またまいこ髪切ったんかい。
美容師には学ぶべきたくさんの技術がある。
カラー、パーマ、セット、エクステ、メイク、etc。
その中でも、一番こだわるべき技術は僕の中でカット。
何をするにもカットが大切。
美容師には終わりがない。
杭を打った時点で、成長が止まるから。
それは進化することを自ら止めることと同じだ。
『一に人格、二に技術。』
僕の母校の専門学校の校訓。
人と人とが触れ合う美容師という職業は、どちらの進化も必要不可欠で、これほど自分や他人と向き合える仕事を好きになれたことが何より幸せだと思う今日この頃。
社長も常々、『人としての成長なくして、技術の進歩なし』と、人間力向上の大切さを伝えてくれている。
美容師の持つ人を綺麗にする力と言うのは、極論、努力をすれば誰にでも出来ること。
がしかし、その努力の上に大きく関わり、その進歩に欠かせないのが人間力だ。
最近その意味が少し分かって来た気がする。
何が正しいのか何て分からないけど、自分なりに少しずつ、それを探求して行こうと思う。
美容師の持つ綺麗にする力と人間力を、お客様へ提供する技術に乗せて、伝えて行く、その結果、みんなが幸せになる。
それって超幸せなことじゃん。
またまいこ髪切ったんかい。








