『お金で買えるものと買えないもの』
をテーマに国を越えた議論を見た。
NHK『マイケル・サンデル 究極の選択』
経済的価値観と道徳的価値観。
これはこの社会に生きる以上、絶対に避けては通れない問題で。
例えば番組の内容から抜粋すると、
『大雪の日に雪かき用シャベルの値段を通常の10ドルから20ドルに引き上げるのは賛成か反対か。』
から始まり、
『民営の消防団が、会費を払っていない民家の火事を消火しないのは賛成か反対か。』
『契約を交わした代理母が、生まれて来た子供をやっぱり引き渡せないと思って引き渡さないのは賛成か反対か。そもそも代理母制度は賛成か反対か。』
『教育について子供の成績に応じて賞与を与えるのは賛成か反対か。』
『徴兵制で我が子に招集が来たときにお金を支払い他人に変わってもらうのは賛成か反対か。』
と、こんな具合で議論する
全てのテーマについて当てはまるのは、そこに『お金』という経済的な存在が介していること。
この世の中にはその経済的価値観が当たり前のように存在し、人々に当たり前のように根付いている。
そしてそれに伴うように、道徳的価値観も問われるということ。
この、テーマについて是か非かという問いに対して、その答えは人はもちろん、時と場合、国や文化によって姿を変え、正解がなく、一つにまとまることがない。
代理母のテーマで言えば、一方から見れば、子供が出来ない夫婦に、自分の身体を貸し幸せを与える。その報酬としてお金を貰う。
でも違う見方をすれば、子供を得る為に、命をお金で買っているともとれる。
『人の命』はお金で買えるのか。
反対に、成績の上がらない子供の意欲を掻き立てる為、成績に応じてお金を支給する。
これも何かを得る為にお金を使っている。
成績をあげるという何かしらの効果があるのであれば、それは一つのきっかけとしてはありなのかも知れない。
と考えることも出来る。
人は構造的には同じ仕組みの問題を、『感情』や『人として』というような道徳的、倫理的な視点で判断する。
このような答えの出ないテーマに対して、人間はどう向き合って行くべきなのか。
答えはただ一つ。
議論を重ね、向き合っていかないといけない。
3.11以降、原発問題(放射能)で汚染された地域の、その後処理を誰がやるのか。
その人員を『お金』で雇っている現実。
これらあらゆるテーマに対して、人間は長い間、『経済的価値観』に支配されて来た。
社会のシステムがそれを基準として出来上がってしまっていると。
道徳や倫理といった『人間として』の在り方と、『人間として』生きる為の手段の在り方。
さっぱり分かんねぇ。笑
でもさ、やっぱりどんな小さな世界にも議論すべき問題はたくさんある訳で、そこから逃げてちゃダメだってのは分かる。
環境を変えたり、方向転換したり、融通がきくのもあるけも、でもやっぱり、不変的な問題はあるわけで、結局回り道してみても、ぶち当たる壁は同じというか。
全ては繋がってるんだなぁと、しみじみ思います。
また、かってぇブログ。笑
次回からは美容師らしいブログを大放出します♩
お楽しみに!
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