テレビで引っ張りだこのお笑い芸人がラジオ番組を持つ。
それだけ聞くと「絶対に面白いだろう」と思ってしまう。
でも実際には、ラジオ好きすべての人にハマるかといえば、そうでもない。
今回はそんなラジオの「面白さ」について考えてみたい。
○理論的には面白いはず
お笑い芸人のエピソードトークは、テレビでも抜群に面白い。
それならばラジオで話しても面白いはずだし、ある程度の人気は取れる——理屈ではそうなる。
○うまくいかなかったFMぐんまの例
十数年前、FMぐんまでは人気番組の終了をきっかけに、平日昼の枠で吉本興業と組んだ番組がスタートした。
お笑い芸人であればトークは問題ないだろう、という判断だったのかもしれない。
しかし結果としては、あまりうまくいったとは言えなかった。
日替わりで出演する芸人によってトーク力に差があり、
テレビや営業で通用する“勢いのあるテンション”が、ラジオでは逆に空回りしてしまう場面もあった。
リスナーとして聴いていても、どこか落ち着かず、会話が噛み合っていないような感覚があったのを覚えている。
その中で印象に残ったのは、リスナーに寄り添うような落ち着いたトークができていたパーソナリティーだった。
あべこうじさんや出雲阿国さん、佐久間宣行さんの回は、比較的安心して聴けた記憶がある。
○一流芸人でも難しいラジオ
では一流芸人であれば問題ないのかというと、そう単純でもない。
ラジオ番組は放送作家の存在や構成の力によって支えられている部分も大きく、
単独で“ラジオとして成立させる面白さ”を作るのは決して簡単ではないように感じる。
実際、興味本位で芸人のラジオを聴いてみても、
普段聴いているパーソナリティーのテンポ感との違いに戸惑うことがある。
○結論:ラジオの面白さは「共感」
ではラジオの面白さとは何か。
トーク力やテンポなど様々な要素はあるが、
一番大きいのは「共感」ではないだろうか。
ラジオはリスナーがいてこそ成立するメディアであり、
特に生放送のトーク番組では、制作側だけで完結した面白さには限界がある。
リスナーからのメッセージを受け取り、
それに対して共感しながら、場の空気を読み、絶妙なバランスで言葉を返す。
言っていいことと、言い過ぎてはいけないラインのギリギリを見極めながら、
それを笑いへと変えていく。
その積み重ねによって、リスナー全体が「わかる」と感じられる空間が生まれる。
一人しゃべりであっても、
多くの人が共感できる視点や、世間への的確なツッコミを持つパーソナリティーはやはり面白い。
ラジオに求められるのは、大勢を巻き込む派手な笑いだけではない。
リスナーとパーソナリティーがつながり続けようとする「共感」への積み重ねこそが、
ラジオの面白さを作っているのではないだろうか。