「ミツバチとともに 角田公次(農家になろう)」のカスタマーレビュー
2014/11/01記
「ミツバチとともに 角田公次(農家になろう)」のカスタマーレビュー
農文協の編集局から承認を得て
「ミツバチとともに 角田公次(農家になろう)」のカスタマーレビューが公開されました。
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「ミツバチとともに 養蜂家 角田公次」(農文協 編)のカスタマーレビュー 佐藤武久
大西暢夫(おおにし のぶお)さんの写真を中心に解説文が付いていて、大人だけでなく低学年の児童にも読めるように漢字にルビがふられた写真集とも絵本とも呼べるような美しい装丁の本だった。
角田公次(つのだ ともじ)さんにはやはり農文協より出版された「ミツバチ 飼育・生産の実際と蜜源植物(新特産シリーズ)」という著書があることは予め知っていた。
この本は1997年の発行以来13刷りを重ねる古典的名著になっていて、私も図書館で何回か目を通していたので角田公次さんのお名前は記憶に残っていた。
けれども、うかつなことに、この数十年の間、何十回ともなく通っている赤城南面道路の交差点近くに立っている「角田養蜂場」のご主人その人であることに思いが至らなかった。
「角田養蜂場」の看板が強く目に印象づけられた(写真)のは、昨年の夏、モンゴルのウランバートルで開かれた養蜂セミナーで干場英弘(元玉川大学教授)先生の講演(写真)を聴いて強い関心を持つようになった後のことである。
初めて、アポもなしに角田養蜂場を突然訪問した時、奥さんの積子(せきこ)さんは自宅裏の養蜂場でスズメバチの撃退中であった。
「危ないから近寄らないで下さい」と言われて柵の外から蜂場の写真を撮った。(写真)

やがて、仕事の手を休められて、事務所に案内され、私のにわかかじりのミツバチについての取り留めのない話題にお付き合いいただいた。
しばらくして、外出中だった角田公次さんも帰られて、本書の26ページの写真と同じ位置に座られた。
角田公次さんは1928年のお生まれなのでその時85歳であったが、遠い昔の20歳の時のミツバチとの出会いについて熱い口調で話された。
その話は次のようなとても印象深いものだった。
この本の19ページを引用させて頂くと、
「農民福音学校の先生が村に来て、ヨーロッパの農業の話をしてくれたんだ。聖書にある『乳と蜜の流れる郷』。広い牧野に牧草をつくって、牛を飼って乳をしぼり、そこに咲く花でミツバチを飼って蜜をしぼり、豊かな生活をしているという話。それを聞いて、おれも蜂を飼いたい!と思ったんだ。それから『蜂が買いたい、蜂が買いたい』と夢中になって思ったけど、貧乏で・・・・・・。十数年して、母ちゃんと結婚してから、はじめてミツバチを一箱買ったんだ。」(引用終わり)
昭和35年、32歳の時、初めて念願かなってミツバチ一箱を買った時の感激は、ミツバチに刺された痛みも嬉しく思うほどに大きいものだったという。
その後、自宅の周りに蜜源となる花木を植えたり、ナタネの畑を増やしたりして、最盛期には150群の巣箱を置いていたという。
そして50年にわたり、夫婦ふたりで養蜂業を営んできた。
その間には、天敵であるスズメバチの襲撃、台風による被害、冬の寒さや雪による被害など様々な困難に出会うことになるが、最大のものは熊の襲撃だと言う。
熊が蜂場に現れたと言う情報を掴んだら、夜であっても早朝であっても直ちに現場に駆けつけて巣箱を移動しなければならないという。
最近の危機的な事件は、2009年のミツバチの大量死で、「これで養蜂業はおしまいか」と思われたそうだ。
ミツバチ大量死の問題は、蜂群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん、Colony Collapse Disorder、CCD)と呼ばれ、ミツバチが原因不明に大量に失踪する現象で、現在世界的な重大問題となっている。
ミツバチは蜂蜜を作るだけでなく、果物や野菜などの花粉交配(ポリネーション)を行うという大切な役割を担っている。
もし、ミツバチがいなくなれば人類の生存は危ういと言われている。
このような危機的状況の下で、人と自然をつないでくれるミツバチへの関心が急速に高まっている。
今回時宜を得て出版された本書は、2013年度の(株)山田養蜂場の「みつばち文庫」の寄贈図書のひとつに選定され、私の母校も含め全国の小学校3,000校に寄贈された。
(EOF)
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