モンゴルの大形家具店


モンゴルの大形家具店
午後から郊外のミシェルという大形家具店街にオフィスに入れる机を買いに行きました。
ここはオープンして2年も経つのにまだマップが揃っていません。
あまりに広大な広さで、気に入った商品を見つけてもまたそこの店に戻ってくるまで迷路をぐるぐる回って一苦労しました。
夕方商品が運ばれてきてその場で組み立てられ納入が完了しました。パソコンをセットしたところで記念撮影撮影をしました。思ったとおりでこのデザインに気を良くしています。
フブスグルにて 西の魔女?



フブスグルにて
7月8日からフブスグル湖のキャンプで3日間休みました。
たまたま山を降りてきていたツァータンのエンフ・トヤさんにも6年ぶりに再会できました。
去年はドグローさんの長女の娘で6歳になったアリョーナが同行したけれど、今年はドグローさんの長男サンダックさんの娘ザヤ(11歳)が同行しました。ホーギーのいい話し相手になって私には内容は良く分らないけれども詩の朗読を上手にして聞かせてくれました。
ウランゴムに親戚の人が車で迎えに来ておばあちゃんの家で夏を過ごすのだそうです。
モンゴルの学校は、6月から3ヶ月(3週間の間違いではありません)の夏休みに入るので都会の子供たちも田舎で夏を過ごすのが一般的なようです。
最近は、都会生まれで都会育ちの若者も増えて馬に乗れないモンゴル人にも時々出会います。そんな時、田舎に親しんでいるモンゴル人は「可哀相に」と言って乗馬を勧めるようです。
ところで、ザヤのおばあちゃんは、「西の魔女」のような人なのかな?
ウランゴムはウランバートルの1400キロ西にあるし、日本から見ても西に違いないから西の魔女である可能性は大きいような気がしますね。
関連資料
映画「西の魔女が死んだ」公式サイト: http://nishimajo.com/h_index.html
あのおばあちゃんが女優シャーリー・マクレーンの愛娘で日本映画デビューというのも驚き!
サンサル(宇宙)地区風景

サンサル地区風景
今朝、早起きしてフラワーホテルから東十字路まで散歩しました
昔(2001年~2003年)暮らしていたアパートは少しも変わっていませんが隣に立派なアパートやホテル(ハーンパレスホテル)が建ち並んだのでみすぼらしく見えます。
ミシェル


ミシェル
7月4日、バトフさんの別荘に行くときミシェル(12歳)とトグソー(11歳)も同行しました。
ミシェルとは4年ぶりの再会です。その頃はロシア語を習っていると言っていたのですが、今は日本語を一年ほど習っていて私のモンゴル語より上手です。
私とバトフさんは10時頃寝たのですが、ミシェルとトグソーと建築の手伝いに来ている親戚の青年はろうそくをつけてゲーム(多分億満長者ゲームのようなもの)で遊んでいました。
12時過ぎに私を起こして、お土産に持ってきた望遠鏡で星を見ようといいました。
翌日、午後私たちが旅行に出かけるとき昨晩の疲れで昼寝をしていたので、私が起こして「これから旅行に行くよ」と言ったらちょっとだけ起きて「さよなら」と言ってまたコトンと寝てしまいました。
添付写真の2枚目は2002年の夏、ガチョールトの私のゲルで狼の真似をするミシェル(左)とトグソー
勇敢なスペイン人たち


勇敢なスペイン人たち
7月8日にフブスグル湖のヒルベスト・ツーリストキャンプに泊まりました。2002年に来たときと同じ場所です。客人は私たち5人の他は外国人の5人組だけでした。
夕食のレストランで隣のテーブルに並ぶので、片言の英語で「私は日本から来たが、あなたたちはどこから来ましたか?」と話しかけました。スペインから来たのだそうです。
私が日本人だとわかると「こんにちわ」を始めとし、知っている限りの日本語を口にしました。
「クルクルパー」という言葉が出てきたのには驚きました。これは多分、昔アイ・ジョージという歌手が歌っていた歌に出てくる鳩の鳴き声「ククルクルー?」と語呂が同じだから覚えているのかなと想像しました。
こちらも知っている限りのスペイン語、「ブイノス・デアス」、「ブイノス・ノーチェス」、「アデオス」で応酬しました。最後に大学時代にNHKの早朝のスペイン語講座で勉強した「レクエルドス・ア・ス・セニォーラ(あなたの奥さんによろしく)」まで思い出して喋ったら、若いスペインの女性に笑われました。
彼らは飛行機でスペインからモスクワ経由でイルクーツクまで来て、そこからマウンティン・バイクでバイカル湖に行き、そこからウランバートルまで自転車で走破したのだそうです。8日かかったそうです。国際列車では約30時間の行程です。さらにウランバートルからここフブスグル湖まで来たのだそう
です。
われわれがここからオブス湖に行く予定だと言うと彼らも同じくオブス湖に行くのだと言いました。この勇敢なスペイン人に敬意を表して写真を撮らせてもらいました。
この三人はゲルを借りず、われわれのゲルの北側に小さいテントを張って泊まっていました。
田舎の田舎暮らし 炭焼き不始末談

田舎の田舎暮らし 炭焼き不始末談
畑の川沿いの斜面にドラム缶大の炭焼き窯を作りました。窯に使った缶は400リットルの縦型灯油タンクの廃品を利用した物です。「金の卵」という1mm厚のグラインダーの刃で輪切りにし下部の脚のついている部分は灰を敷き詰めてテムジン小屋の囲炉裏にし、上部を横にして地中に埋めて窯にしました。灯油の注入口に煙突を嵌めるとほとんど加工せずに流用できました。
窯詰めの材料は、この春、田島さんが運んでくれたタモの木(野球のバットを作るのに使う)です。
聞くところによると8時間ほど火を焚き続ける必要があるので体力を調整して決行しました。
晴れた日の午後1時頃から火を炊き始め8時間ほど経っても自然モードに入る気配がありません。
日が暮れるとこの時期は肌寒く、月見をしながらウイスキーをちびちびやりながら作業をしましたがさすがに8時間連続して火を炊き続けるのは疲れます。9時過ぎにあきらめて火を消しました。家に戻る時眩暈がするような感じがしました。
体調の回復を待って2回目の挑戦をしましたが、やはり自然モードに入らず、同じことの繰り返しでした。3回目の挑戦の日暮れ頃は東の山に月が登っていたのですが、9時近くになって急に嵐になって雷とともに猛烈な雨が降ってきました。そこで窯を密封して家に逃げ帰れば良かったのですが、火を消さずに家に逃げ帰りました。
雷雨は1時間ほどで止みましたが、火はそのまま消えて自然モードに入ることもなかろうと確認に行くのを怠り、酒の酔いと疲労が重なって就寝してしまいました。
翌朝(10月2日)、早起きをして見にゆくと、昨夜あれだけ雨が降ったのに窯の上部の土がきれいに乾いていました。その上、土もほのかに温かいのです。もしかしてと思い、窯の焚き口を覗くと炭らしきものは何も見えません。窯を開いて中を見るときれいな灰だけが残っていました。「灰塵に帰す」とはまさにこのことです。
追記(2009年2月2日): それ以来、虚脱状態が霙が降る頃まで続きました。自然モードになり難かったのは缶の容積がドラム缶より一回り大きいこと、缶に被せる土の量・厚みが少ないこと、焚き口周りの断熱処理が不十分なこと、缶を伏せた場所の湿気が抜けていないことなどが考えられます。竹炭にも挑戦したいと思っています。田島師匠、春になったらご指導よろしくお願いします。
田舎の田舎暮らし ♪あなたが噛んだ小指が痛い♪

田舎の田舎暮らし ♪あなたが噛んだ小指が痛い♪
5月23日早朝、パソコンで為替レートのチャートをチェックしていると玄関の方で夏美が「早く来て! 早く来て!」と叫ぶ声がしました。何事かと思い走ってゆくと猫のチーボーがねずみのようなものにじゃれついています。しっぽがふさふさしているのでねずみではなくリスです。昨日池の傍のケヤキの木の
下で遊んでいたものと同じです。
捕まえようとしたのですが簡単ではないのでまず猫を捕まえて夏美が抱っこしました。そうしておいてリスを外に追い出そうとしたのですが、台所に逃げ込み、横座を一周し、次にトイレの方の廊下に向かい最後はドアの開いていた風呂場に飛び込みました。
浴槽には夕べのお湯が張ったままだったのでその中に飛び込んだリスは壁面をカリカリ引っかいていますが20センチ近くある壁面をよじ登ることはできません。そのままでは溺れ死んでしまうのでとっさの判断で素手でつかみ上げました。リスもずぶぬれになって必死だったので私の左手の小指に噛み付きまし
た。小動物ながら歯は鋭く3mmほど食い込んだ感じがしました。思わず風呂場の小窓に向かって放り出すと網戸が外れてリスもろとも外に落下しました。
リスの逃げた先を確認するどころではなく、噛まれた指の痛さをこらえて洗面台でお湯を出して傷口を洗いました。血が滴り落ちてなかなか止まりません。血判状に判を押すには十分すぎる量です。リスの歯が鋭いのはあの胡桃の殻を砕くことからも周知のことですが、とっさの時は思いつかず素手で捕まえたのが失敗でした。噛まれた場所が小指の先だったのが不幸中の幸いでした。
一騒動が落ち着いた頃ふと頭に浮かんだのは往年のヒット曲「小指の思い出」の一節、♪あなたが噛んだ小指が痛い♪でした。
こんな映画をみました。 「ホームレスが中学生」



こんな映画をみました。 「ホームレスが中学生」
一昔前、ウランバートルのアパートで『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(Seven Years in Tibet)という映画を見ました。
少年時代のダライラマが映画館を作る場面を見ていつか私も自分専用の映画館を作ってやろうと思っ
ていました。
37インチのテレビでDVDを観ていてもやはり映画館で観る環境にははるかに及びません。
プロジェクターと100インチのスクリーンを揃えてなどとYahoo!オークションをチェックして予算をどうやり繰りしようかと思案しているうちに十日町市にシネマパラダイスという新しい映画館がオープンしました。
最初に観たのが「北辰斜めにさすところ」でした。
雪の季節になって自由時間が増えてからは
「コドモのコドモ」
「マリと子犬の物語}(DVD)
「闇の子供たち」
「アキレスと亀」
「ハンサム*スーツ」
「顔」
「蝉しぐれ」(柏崎刈羽原子力発電所の主催による名画鑑賞会)
「靖国」
「かもめ食堂」(DVD)
「日本沈没」(DVD)
など映画三昧の日々です。
ウイークデーに行くのでいつも観客は4人か5人しかいないのでいつも前列の一番気に入った座席を選べます。すわり心地のいい椅子は映画鑑賞専用に作られたフランス製だそうです。今では自分専用の映画館を持ちたいという気持ちはほぼ失せてしまっています。
今回観た映画は「ホームレスが中学生」でした。
あのホームレスはもしかして「風の又三郎」で、ひょっとしてあなたの街にもひょっこり現れるかも知れませんよというのがこの映画のメッセージのように思われます。
私がサラリーマン時代のバブル絶頂期に「ある時」という詩が気にかかってメモで残っていました。
あのホームレスは、「風の又三郎」ではなくて「老子」様かと思ってしまいます。
「みんなエコ、エコと言っているけど、だれも何もしていないじゃないか」というようなセリフをだれかが言っていました。
今でも「文部科学省選定映画」というのはあるのかな?
望月美寿々さんはこの作品でデビュー、新潟県出身で公開初日に舞台挨拶があったそうです。
蛭子さんの教頭先生、こんな先生好きですね。
お忙しい方はこの主題歌だけでもどうぞ!
http://homelessga-movie.com/#/themesong
羊の臭い


モンゴルに赴任したばかりのYさんへ
羊の臭いについては私にも思い出があります。
今から9年前になりますが、モンゴル科学技術大学に赴任して1ヶ月くらいたった頃、学生食堂の羊の臭いが鼻について肉類が食べられなくなり、1ヶ月くらいの間、牛乳に砂糖を入れたものだけを昼食にしていました。
その時期を過ぎてからは平気になり、今はアーロールが少し苦手という程度で、夏の10日間くらいの田舎
旅行でもモンゴル人と一緒の食事ができるようになりました。
2ヶ月くらいモンゴルに滞在して日本に帰ると妻に羊臭いと言われます。
どの国にもその国特有の臭いがあるようで、日本人は生魚やお醤油の臭いがするようです。
私の家に3ヶ月ほどホームスティしていたモンゴル人の青年は、初めは納豆が臭くてあのネバネバが気持
ち悪くて食べられなかったのですが、帰る頃にはすっかり好きになって、今では日本からのお土産に毎年
納豆を所望するようになりました。
添付写真:モンゴル科学技術大学の学生食堂とカウンターのおばさん 2007年夏撮影
タリアット村にて

開高健のイトウ釣りで名を知られたタリアット村のゴアンズ(軽食堂)でたまたま一緒に食事をしていたスイス人の旅行者です。
このリカンベントと呼ぶ変わった自転車でウランバートルからここまで来てフブスグル湖まで行くのだそうです。
ここのゴアンズに自転車を預け、故障した部品を買いに一度ウランバートルに戻り帰ってきたところ、預けておいた自転車をモンゴル人の誰かがいじって部品が紛失したようでトラブルになっていました。
警察に届け出ると憤慨していましたが私たちが仲介に入りなんとか解決してこの記念写真を撮りました。
関連事項
開高健:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8B%E9%AB%98%E5%81%A5
リカンベント: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88