日常で役立つ哲学の教えは?

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生きていくためのよすがというか人生を支える杖になることはあっても、役立つ教え・・・???
いろんな考え方で支えられているんだと思っています。
引きこもりなどの問題を抱えている方と話をしていたら「あなたは強い人だねぇ」といわれました。
強くはなくって、生きていくのにものすんごく弱いんです。
それでも、こうやって生きているのは、勝てなくっても仕方がないけれども、負けたくなかったから・・
 
 
 
今日は旧暦三月(大)卅日 大潮 和歌山道成寺会式 長崎開港記念日 六白 友引 ひのえ・とら 廿八宿は「星」の日曜日 今朝のテレビによると「エリーゼのために」の日らしいです
 
 
 
 
 
24日のカーブス体験一回目と、昨日の地域の介護予防教室での見学で、ヒトさまの動きを真似してみて体験をしてきたわけですけれども、いろんな方から聞いていた筋肉痛は起きないようです。
これは、普段にストレッチを自分なりにしていたことが身体にとってよかったことの実証になるのでしょうか?
それとも、どの動きも(あくまでも体験だから)負荷が少なめだっただけ・・なのでしょうかね
 

休日を除いた土曜日の1回参加ごとで500円負担の地元の土曜の介護予防教室には、即・登録してきました。

ゆざわの山田に行く方向のスーパーマーケット脇のカーブスに行くのには入会費を含む年9万円、その後は年8万円を継続負担できるかどうか・・という問題もあります。

お稽古事をしているつもりだったら何とかなる金額範囲だと思ってはいるのですが、とにかく湯沢の街内や山田地区に住む方と違って会場が少しばかり遠いものだから(特に冬場には遭難のおそれがある峠を自動車運転で越えて)一人でチョコチョコ行く・通う距離では無い気がしています。

車の運転があまり好きじゃない私にとっては、同行者もいない状態では、それが一番の負担になるのです。

 

逆方向の十文字には、鍼灸治療と書道教室・仮名文字に曜日がわりで独りになった今でも、何とかかんとかずっと継続して通っていけています。
同じ十文字(その手前の増田のお店)に行くのでも、昼食を食べに行くためには(同行者などがあって自分のためだけではなく行く必要があるのではない限りは)よっぽどのところまで差し迫っていないと「家を出て行く→動かない事」を選択していますから

 

 

この間お亡くなりになった方が出たのだそうで、夕方になって「明日、みんなが拝みに行くみたいだから、我が家の熨斗袋を書いてくれ」と頼まれました。

新聞をとっていないし、集落でのお知らせが配られなくなったから、お亡くなりになった日も、その後の日程も覚えておらず・・私がいつ拝みに行くべきなのか・・なんてすっかり記憶から失念していました。

薄墨を使って名前を書いて、自分の分の袋にはお金も入れて持参したところ「あなた(ワタシの事ね)が行ってくれるんだろうから、うちのも頼むつもり。そのうえ、五千円札が無いのよ」とのこと。
ワタシがワタシのタイミングで行くのならば、日曜日の今日のうちに行ったほうが良かったんだと思うのし、この頃チャージ払いの癖がついていて余分に五千円札を持っていることは無くなったから、自分の名前の袋にも千円札を集めてようやく何とか袋に入れたのでして、二軒分を詰めるだけの包み代のお札は持っていませんから、立て替えることはできません。

今より早くに物事を済ませることはできないのだから、明日、ワタシが動かなければならなくなるのでしょう