機械が一台だけ動いていて、時間数はまだまだあるのですが、いっぱいお手伝いの方が入ったあとなのでしょうね、お手伝いがでけまっせん。お庭のように自分勝手に動く事はでけない・・今時の社会みたいな感じがします。
こういう事でも、いろんなことを学ぶ事が出来ます。
ようは、本人の気持ち一つ・・なんですねぇ?
活きて行くっていう事は、ただ「息をしている」っていうことではいけないものだと、この頃、つくづく感じるようになってきました。いまさら・・・で、もう、おそいんでしょうが(気がつかないよりは良いのだそうですが)世の中にはこういうことに、そうそうに気づきを持って活きていらっしゃる方々が多くおられます。
オリンピックを見ていても、いろんな人生設計があるものだと、つくづく思わされます。
原爆関連で、親のした事の学びをしに来日した来ているアメリカ人の青年・・・親の生き方をみんな、良くも悪くも、そのまんま、生まれてきた段階で背負いますが・・どこまでその子に責任があるのですか?この頃、いろんなことを考えてしまう・・・いくら考えたって、事実的には変わらないのだけれど、いろんなところで、いろんな人が生きているから・・やっぱり、考えた方が、考えないよりは良いのだと思うしかナイのでしょう。