ブログネタ:いじめはいじめられる側にも問題、どう思う? 参加中実は私は小学校4年生まで、いじめられる立場だったの。
最初は、ただでさえちっちゃい方だったから、いじりたくなる小ささだったみたい。そんで、伸ばしかけていたおさげ髪を、後ろの方にいる男の子が引っ張るのに、「やめて!」とかって反論できなくって、単純に「めそめそ泣く」のが、男の子にとって面白がられる理由だったみたい。
だんだんエスカレートしてきてね、立ちあがった隙に椅子に画びょうを置かれてそれに座っちゃったり、ランドセルに大きくばってんの傷をつけられたり、モノを隠されたり・・な~~んて、日常茶飯事のことだったよ。
おとなになってから、登校拒否の子と話をして「どういう事で学校に行くのが嫌なの?」って会話から、具体的なことを答える事が出来ないその子に、自分の体験談を話したら「そこまでひどくない。」って、びっくりされちゃった。
でもさぁ、いくら画びょうを置かれても、モノスンごく寒がりで厚着していたから、皮膚まで至らなくって、感覚が無かったんだ。(そういう問題じゃないのかな?)
「しかと」されるのは、それはそれで、考えようによっては・・・人間関係が面倒くさくないから、自分で判断して、休み時間にはだべる事は無しで、教科書を読んだり、本をかりて来たりして、一人でナンでも行動する習慣になったんだよ。
ただし、その後遺症で、どうしても、団体行動が苦手だったね。
まぁ、しゃあないわなぁ・・・なんともならないことも、世の中にはあるもんだよね!!
自分が、いじめられてたから、はっきり言えるんだけれど(いじめられる側の責任というのとちょっと違うけれど)それに応対する態度。。っていうのが、そのいじめを増長させる原因の一端には、マシがいなくあると思うんだ。
だって、いじめを増長させるのは、いじめられている子が、いじめている子にうまく対処できないからだという事を自分の身で知っているモノ。
私のあたりから兄弟姉妹の数が減ってきてて、今では、加速の中で、そういう同年代の人間関係を円滑にして行く力をつけて育ってきていないから、それを求めるのが無理な時代になっただけなのだと思うよ。
本題と少しずれてしまっているのかも知れないけれど、そういう事があったけれど、今、私は、こうやって生きている。
私の場合には、いじめとか、いろんな人間関係を小学校の高学年になる時に、身体が成長期になり、身長の伸びるのと一緒に、自信がついてきて、反論して、ボーンと跳ね返したというのも、あるんだと思うんだ。
そういうチャンスが無くって、つづいたまんま解消=解決できない人が、そこから逃げるために自殺などに走ってしまうしか問題解消できなくなるんで・・・これも、少子化時代の影響が強いと思うんだよ。