母がいなくなったら私はもう生きてはいけないと思っていました。
運転のスピードを上げながら思いました。
目をつぶり、
このハンドルを左に切ったら・・・
母に会えるのだろうか。
現世と変わらない母との日常が待っているのだろうか。
何度も、何度も。
でも私は生きている。
美容院で髪を切り、仕事に着ていく服を選び、
テレビを観て笑ったり。
お腹が空けばご飯も食べる。
日に何度もやりとりをした母からのメールを見ていました。
一昨年の2012年11月13日、母がこう記しています。
「肝機能が少し衰えてるけど様子見ようだって」
そしてその次の日のメールには
「一時間かけて自転車磨いたよ。お昼過ぎヨークに行けるといいね」と。
弾むような文字でした。
抗がん剤治療をお休みして体調が良くなったのと、肝機能障害の症状が現れ始めたタイミングがほぼ同じだったのです。
2011年の暮れからほぼ隔週のペースで抗がん剤治療をしてきました。
多いと感じる方もいらっしゃるでしょう。
でも母は医師に言われるまま、それは素直に治療を受けていました。
それだけ生きたかったのです。
抗がん剤治療を受けると白血球が減少します。
白血球が減少し過ぎると抗がん剤治療は中止になります。
白血球を増加させる注射というものがあるそうです。
その注射を打って頂きながら順調に治療を重ね、
「ありがたい注射だね」と言っていました。


