春夫詩句を拾う!!(17)
君知るや渚(なぎさ)の薔薇(うばら)紀の国の白良(しらら)の浜に咲きにほふ白き薔薇(うばら)を夕べにはほのかなりけり月出でて青くかはりつ若き日にわが見しものは (一九五〇年五月「渚(なぎさ)の薔薇(うばら)」『春夫詩存』所収)同じ頃、春夫は「観潮楼址(かんちょうろうし)を訪(おとな)ひて」という五行詩も書いていて、「観潮楼」の荒廃ぶりを嘆いている。「観潮楼」とは先師(せんし)森鷗外(もりおう がい)の旧宅名、一九三七年八月、失火によって焼失した。以来、十数年、戦争を挟(はさ)んで打ち捨てられてきた。春夫が「観潮楼」跡に足を運んだのは、一九五〇年四月二二日。その場で鷗外子息の嫁を紹介される、尾竹ふくみの娘であった。それが縁で、ふくみらが春夫邸を訪ねてくる。三十数年ぶりの再会。春夫には『観潮楼附近』という作品もあって、最後に引用されているのが、この詩。「ためいき」の詩も引用されていて、そうして、この詩を「ためいき」の終曲にしようか、新たな小曲の始まりにしようかと結んでいる。「白い薔薇」も「青く」変わった、そこには老いの陰りが喩(たと)えられている。当然自身の老いをも意識させるものでもある。「白良の浜」はいわば借景の働きである。