前の「アメリカン・ティーン」エントリーの最後に記述した「ジャパニーズ・ティーン」。
戴けない・・・・・、と書きましたが、「アメリカン・ティーン」プレ・プロモーションとして
実施されたコンテストだったのですね。
ということは、映像制作は素人さんなので、中味が追いつかないのはある意味仕方ないですが、この映像を見ることによって、この映画に対する+の何かが発生したわけでもなく、相乗りの「安易さ」を感じたのは事実です。
(実際に観ていて「来る」ものを感じなかったのは僕の感性による部分もあると思いますが)
立場変われば、僕自身も宣伝やプロモーションを考える仕事。
恐らく宣伝費が相当少ないこの映画の宣伝を提案するとしたら、コンシューマ参加型というのは、普通に選択肢にあがっていたと思います。
今回も実際に、タレント絡めたパブリシティ誘導の導線も用意され、一応の宣伝設計はある意味、セオリーどおりに組まれていたと思います。
このスキームだけを企画者側の外から眺めていたら「低予算で上手な設計」と考えたかもしれません。
だた、実際の作品自体が、アメリカのティーンズのドキュメンタリーでそれと近いことを日本に置き換えて、中味を一般の人から募集するというのは、とても近いことであるのですが、近すぎる、“まんま”すぎたのでしょうね。
消費者目線、等身大・・・・・。
とてもとても重要なキーワードとして、僕も日々企画を考えていますが、今回自分が本当に素の消費者の立場で感じたことは、これまでに僕達がプロデュースしてきたコミュニケーションに対して社会の皆さんが感じたことの鏡でもあるのだろうな・・・と。
コミュニケーション産業ってのは、ホントに難しいですね。
気分とか、気まぐれとかってヤツとも真剣に向き合っていこうとしているわけですから。
だから、楽しいのかもしれません^^