カタツムリ、上昇 -7ページ目

カタツムリ、上昇

大学生の私が頭の中を整理したりアウトプットしたりする場所


大学の入学式で言われた言葉。衝撃的に頭を揺さぶった言葉。

「勝手におやりなさい、

この言葉が命令のように聞こえる事を恐れながらも、

この言葉を送ります」

大学に行けば何かが与えられると思っていた。自分の方向を漠然と指し示すような何かが。

なのに送られたのは上記のような言葉。

私は自分を恥じた。全く馬鹿だ。だってこれは命令ですらないのだ。

「勝手にやるかどうか」も含めて勝手なのだから。


私はやりたいことが無いわけじゃない。むしろ沢山あって困るくらいだ。

でもそのバラバラの「こと」がどう繋がるのか、

繋がった「こと」たちが私をどう変えるのか、

全く見当がつかない。

文化を概して見る授業、子供の発達心理学、文芸サークルの読書会…

文化を構想する、なんてたいした目標を掲げた学部にいるものの、

自分のアイデンティティーさえ見失いそうになる。

自由の持つ圧倒的な不自由さに今は立ちすくむばかりだ。


でも同時に勇気づける言葉も渡された。

それは漱石の講演の一部を引用したもので、

大学の中で「霧の中にいるような」気分であると、

「袋の中に閉じ込められたような」心持であると言っていた。

ああ、悩んでいてもいいんだ。そんな風に思えた。

私はこの四年間、悩むことから逃げずにいたい。

悩みの中にいることは、陰鬱で、窮屈で、どんずまりのように思える。

でもその中でしか見えない光もきっとあるのだ。

そして初めて「何か」を構想し、私は「何者か」になる事が出来る。


だから、悩もう。沢山よもう。

最後に、やっぱり、沢山書こう。