大学の入学式で言われた言葉。衝撃的に頭を揺さぶった言葉。
「勝手におやりなさい、
この言葉が命令のように聞こえる事を恐れながらも、
この言葉を送ります」
大学に行けば何かが与えられると思っていた。自分の方向を漠然と指し示すような何かが。
なのに送られたのは上記のような言葉。
私は自分を恥じた。全く馬鹿だ。だってこれは命令ですらないのだ。
「勝手にやるかどうか」も含めて勝手なのだから。
私はやりたいことが無いわけじゃない。むしろ沢山あって困るくらいだ。
でもそのバラバラの「こと」がどう繋がるのか、
繋がった「こと」たちが私をどう変えるのか、
全く見当がつかない。
文化を概して見る授業、子供の発達心理学、文芸サークルの読書会…
文化を構想する、なんてたいした目標を掲げた学部にいるものの、
自分のアイデンティティーさえ見失いそうになる。
自由の持つ圧倒的な不自由さに今は立ちすくむばかりだ。
でも同時に勇気づける言葉も渡された。
それは漱石の講演の一部を引用したもので、
大学の中で「霧の中にいるような」気分であると、
「袋の中に閉じ込められたような」心持であると言っていた。
ああ、悩んでいてもいいんだ。そんな風に思えた。
私はこの四年間、悩むことから逃げずにいたい。
悩みの中にいることは、陰鬱で、窮屈で、どんずまりのように思える。
でもその中でしか見えない光もきっとあるのだ。
そして初めて「何か」を構想し、私は「何者か」になる事が出来る。
だから、悩もう。沢山よもう。
最後に、やっぱり、沢山書こう。