現在、newsで報道されている無差別殺人。
ココ最近は『誰でもよかった』という、その後の証言が気になります。
誰でもよぃ…
とても納得できない理由です。
誰もその人のために存在しているわけではなく、その個々の生活や人生があったはずなのに。。。
秋葉原についても今回についても“親”というものがキーワードのように出てきています。
確かに全く関係の無いことではないのかもしれません。
しかし、そのことでこれらの事件を正当化することはできませんし、20代後半やまして30代になった大人であれば、親から離れて自分なりの考えや社会性が身に付けられるはず。
昨日の本の話題に戻るわけではありませんが、生きたくても生きれない人がいる、死ぬことがわかってて必死に生きようとしている人がいるというのに…
トルストイの『悪魔』に出てくるエヴゲーニイのようになれとはいぃませんが、私には人を殺す正当性をそこから見出すことはできません。
むしろわかりたくはありませんが…
