人としてのやしさと神的やさしさ | さちのみんなで天道をめざして

さちのみんなで天道をめざして

自分もみんなも大切にできたら幸せですね

以前、職場の先輩だったお局さま。

正直に言うと、ちょっと気の毒な方でした。

発達障害でもあったのではないかな?

と思われます。


だからなのか、宗教的な理由なのか

自己重要感がめちゃくちゃ低い。

自信がないからか、
あるとき社長から祭り上げられ
勘違いしたんですよね。


振り子って左右に均等にふれます。

まるで自信がなかったから
今度は逆の超自信家になったアセアセ

いえ、傲慢になった(笑)

右に振り切っていたのが
今度は左におもいっきし振り切った


だから本当はまん中がいいんです。


それで、気の毒なのですが、
ここで「かわいそう」とやると
失敗します。

ある程度のお手伝いはいいんです。

ですが、やり過ぎると
こっちまでヘンテコリンになります。


信じられないかもしれませんが
世の中、波動でできてるんです。

振動数でもいいでしょう。

お互いに影響しあっています。


かわいそうだからって
あまりにも「なにかしてあげよう」
とするんです。

私まで、かわいそうな人になるんです。

冷たく思うかもしれませんが
愛ほっとが必要になります。

愛をもって放っておく。

それが自分のためであり
相手のためなんです。

相手は、いつまでも構われてると
変われない。

つまり、相手の成長のじゃまをする
というと、とんでもないことを
していることになります。

これをやめるのは
勇気がいるのです。

人として間違ってる気になります。

ですが、これが神的にはマル◎なんですよね。


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