59 読んでね!(長いけど) | making satalaf 

59 読んでね!(長いけど)

いつぞやこんなことを口にしていた時期がありました。

いやいまだに口をついて出ることもしばしばかもしれません。

不謹慎に聞こえるかも知れませんが


余命宣告されたい


という手の話。

あなたはあともって1年です。

というやつです。

お気を悪くされた方、もうしばしご辛抱を。

言いたいことはこれからです。

もう何千人とこんなせりふは言っているのでしょうけど

口が違えば届く耳も違うかと。


普通に生きています。わたくし。

たぶん明日や明後日や金曜の福岡のことなど

当たり前に生きていることをまるで疑っていません。

周りの大事な人や関わる人にしてもそう。

彼らが明日も存在することをまるで疑っていませんし

悪い言い方をすれば別に願ってもいません。

そのくらいの無意識でもおそらく存在していてくれる、

そういう意味での平和さが今もここにあって

あるいはあると信じることはできて

もしかしたらそのことが鈍感になっていることの

非常にまずい症状なのではないかとふと思ったのです。


僕はもの心ついてからまだ、誰も大切な人を失っていません。

そのことに対するもしかすると耐性(そもそもそんなものみんなないか)のなさが

いつか僕をどん底に突き落とす

みたいなことを考えるわけではないけれど

やはり死を、終わりを目の当たりにしていない

という経験、いや無経験は少なくとも僕を強くなんかしたりしない。


satalafが3年で閉店する。

ということを口にし始めたとき考えたのはそんな事だったかもしれません。

普通、店はオープンしたらたたむ事を前提には進んでいきません。

子供は生まれたら死ぬことを前提に生きてはいきません。

けれどもそのはかない理想主義的楽観がむしろ

大事なものから僕らを遠ざけている、





もうみんな頭では気付いているけど

僕が黙ってあるとき急に店をたたんだりしたりするんだよ

本来は。

閉店予告なんて

ましてや1年近く前からの閉店予告なんてしないよ。

あるときふっとなくなるんだ店は。人は。




言いたいのはね、

大事なものは大事だと感じた人が大事にしてあげたら

それでいいってこと。

satalafがどうのはおいといて

心地いい場所、あそこでしか感じれないもの、

自分にとって無二の時間、なんか好きだなの感覚、

みんな奥に仕舞い込みすぎだよ。


大事な場所は決してひとつではない。

けど家と職場(または学校とか)ともうひとつ

サードプレイス(第3の場所)の存在がもしかしたら

人生つくるよね。そう思う。

3つの中で一番過ごす時間は少ないけれど

ONとOFFの中間というか

いやもっとそんな範疇からも離れた遠くに

ひとつ点を置くと

この3点で囲んだ範囲や面積が

そのままあなただと思う。


どうかその場所を見つけて。

そしてどうぞ大切に。




なんのこっちゃわかりませんが、


これから人生のハイタイムに移って参ろうと思います。

あ、10月19日(水)みなさま来てね。いいことあるよ!

あ、9月3日(土)のLIVEもね。いいおとあるよ!

あ、10月14日(金)もLIVEの気配。きっとあるよ!

あ、もうこりゃ通い詰めな感じで。以下同文。