151 24 | making satalaf 

151 24

秋と春がなかった。
皆さま,お気付きでしたか?
昨夏はそれはもう猛暑、酷暑のオンパレード
連日連夜の真夏日にわたしもすっかり焦げておりました。
早くTシャツに薄手の長袖シャツを羽織ってちょうどいい
風の気持ちい秋を、と所望しておりましたけども
ほとんどそんな日はなかったように思います。
そしてあのどかんどかんと雪が降り続く冬へと突入。
雪掻きと言う名のいたちごっこを毎日、冬空と繰り広げておりました。
雪が雨に変わっても寒い日が春をどんどん押しのけて
つい4月半ばまで居座った冬。
一気に咲いて桜が号令のようにして「ハイ、春開始!」
そしてあっという間に散って「ハイ、春終了!」
と潔い春。謙虚な春。
と自分に言い聞かせることでしかその存在意義を確保できない
悲しさを僕が引き受けて差し上げることはできないが
強引な夏が素知らぬ顔で「いや、まだ夏じゃないよ」
と口笛吹いて、その吹く風ですらこんなにも地上の温度を上昇させる。
さたろう氏の日記のように「5月21日(土)晴れ(うす曇)気温26度」と
記録しておけばいつか改めてこの変化に気が付くだろうか。
5月のもっとも大きかった月は次第に欠け、
梅雨空を用意するのも時間の問題なのだろうし
そうこうしているうちに次のカレンダーを意識している自分がいる。

時は流れない。それは積み重なる。

とアヴァンティは言うけれど
そうやって積み重なるせいで毎度、天井に近付いて
上からつぎつぎに落ちてくる時間は
こんなにも衝撃的に早く積み重なっていく。
このままじいさんになっていくのだろうか。
おじさんになっていくのだろうか。
事実、すでにおじさんと見る失礼な輩もいる。
マスター32歳説は未だ払拭できていないのだ。
レイチャールズのGeorgia On My Mind を聴くたびに
あるいはイーグルスのDesperado を聴くたびに
なにかこうおじいさんになった自分が
孫の成長に目を細める、という
なんとも陳腐でこの上なく素敵な時間をすごしている
そういうイメージが沸き起こる。
このときに問題となるのは言うまでもなく家庭であり過程である。
うまいことを言うつもりはない。
ただ結果的にうまいことを言ってしまって
ほんとうにすまないと思う。(バウアー)