そこに理想はあるのかい。
母校へモノを申すことは僕らにしかできない。
鳥取環境大学が10周年を迎えた。らしい。
こうもイマイチに言われる母校とこの1年少し距離をとってみた。
僕の見方は相変わらずこうだ。
「店内の客に飯を食わさずに、客引きしてんじゃねーよ」
もちろん、たとえ話。
でも、我ながら的を射ていて
今いる学生の満足なくしてまだ見ぬ将来の学生になど魅力は伝わらない。
ということだ。
すこし、おっさんになってしまったんだろうか。こんなこと言ってまた32歳とか言われる。
おっさんついでにもうひとつ。
経営者しっかりしなさいな。
そこに理想はあるのかい。
見えてこないぞ。
市だか県だかどっちの持ち物にするか(どっちが面倒見るか)で
もめるくらいならやめてしまいなさい。と思う。
そんなただどうにか存続させることだけを見てる大学は
卒業生といえどおすすめできん。
そこに意思が、
確固たる意思がないのなら
やめちゃいな。
そんなことを頭の片隅に置きながら自分ごとに精を出していた今日、
たまたま見つけたのでここに転記します。
2008年?40周年を迎えた京都精華大学の理事長の言葉。
(活字嫌いはツライかも)
--------------------------
私立大学には、それぞれに独自の大学の精神があります。その理念に基づいた教育事業を展開し社会に貢献することが、私立大学の基本的な存立理由です。私たち京都精華大学の教育事業も、社会に責任を負う自立した人間の形成を通して社会に貢献することを目的としていて、京都精華大学という存立はあくまでその手段に過ぎません。
開学間もない頃の教職員は、「もしも、われわれが理念と情熱を失うようになったとしたら、その時にはいさぎよくこの大学を解体しよう」と、折にふれ真剣に語り合っていたといいます。創立に関わった方たちの確かな使命感と気概が感じられる、いかにも精華らしい話です。
しかし大学の事業がそれなりの成果をあげ規模も大きくなってくると、当初の目的の記憶は曖昧になり、経営的に困難な局面を向かえている今日では、大学の存続そのものが何より大事な目標と認識され、手段と目的を取り違えてしまうことも起こりがちです。
創立から40年が経ち、節目の年にあるいま、私たちはあらためて確認しておかなければなりません。京都精華大学は学生のために存在する、ということを。このことは創立から一貫しており、今後も変わることはないということを。岡本清一先生が「世界一学生にやさしい大学を造りましょう」と語りかけた言葉が、現在の教職員の胸にいま一度刻まれることを何より期待します。
「自由自治」の精神が根付いた、人間味あふれる大学社会を創造し、学生のための本当の教育を行う。またそのことをもって社会に貢献し続ける。創立50周年までの10年間、すこしでもこの理想に近付いておきたいと思うのです。
赤坂 博(学校法人京都精華大学 理事長)
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ベクトルの大小ばらばらな意思なき大学でなく、
ひとつの大きな意思をもった大学に劇変することを期待する。
覚悟はあるのかい。長さん方。
鳥取環境大学が10周年を迎えた。らしい。
こうもイマイチに言われる母校とこの1年少し距離をとってみた。
僕の見方は相変わらずこうだ。
「店内の客に飯を食わさずに、客引きしてんじゃねーよ」
もちろん、たとえ話。
でも、我ながら的を射ていて
今いる学生の満足なくしてまだ見ぬ将来の学生になど魅力は伝わらない。
ということだ。
すこし、おっさんになってしまったんだろうか。こんなこと言ってまた32歳とか言われる。
おっさんついでにもうひとつ。
経営者しっかりしなさいな。
そこに理想はあるのかい。
見えてこないぞ。
市だか県だかどっちの持ち物にするか(どっちが面倒見るか)で
もめるくらいならやめてしまいなさい。と思う。
そんなただどうにか存続させることだけを見てる大学は
卒業生といえどおすすめできん。
そこに意思が、
確固たる意思がないのなら
やめちゃいな。
そんなことを頭の片隅に置きながら自分ごとに精を出していた今日、
たまたま見つけたのでここに転記します。
2008年?40周年を迎えた京都精華大学の理事長の言葉。
(活字嫌いはツライかも)
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私立大学には、それぞれに独自の大学の精神があります。その理念に基づいた教育事業を展開し社会に貢献することが、私立大学の基本的な存立理由です。私たち京都精華大学の教育事業も、社会に責任を負う自立した人間の形成を通して社会に貢献することを目的としていて、京都精華大学という存立はあくまでその手段に過ぎません。
開学間もない頃の教職員は、「もしも、われわれが理念と情熱を失うようになったとしたら、その時にはいさぎよくこの大学を解体しよう」と、折にふれ真剣に語り合っていたといいます。創立に関わった方たちの確かな使命感と気概が感じられる、いかにも精華らしい話です。
しかし大学の事業がそれなりの成果をあげ規模も大きくなってくると、当初の目的の記憶は曖昧になり、経営的に困難な局面を向かえている今日では、大学の存続そのものが何より大事な目標と認識され、手段と目的を取り違えてしまうことも起こりがちです。
創立から40年が経ち、節目の年にあるいま、私たちはあらためて確認しておかなければなりません。京都精華大学は学生のために存在する、ということを。このことは創立から一貫しており、今後も変わることはないということを。岡本清一先生が「世界一学生にやさしい大学を造りましょう」と語りかけた言葉が、現在の教職員の胸にいま一度刻まれることを何より期待します。
「自由自治」の精神が根付いた、人間味あふれる大学社会を創造し、学生のための本当の教育を行う。またそのことをもって社会に貢献し続ける。創立50周年までの10年間、すこしでもこの理想に近付いておきたいと思うのです。
赤坂 博(学校法人京都精華大学 理事長)
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ベクトルの大小ばらばらな意思なき大学でなく、
ひとつの大きな意思をもった大学に劇変することを期待する。
覚悟はあるのかい。長さん方。