2009/4/14 北上
雨でした。お母さん。那覇を抜け出し北へ。通勤で込み合う58号線で名護まで上がり、先日のLIVE satalafのゲスト、バンバンバザールが教えてくれた沖縄そば屋「丸隆そば」へ。1948年開業。その自家製麺は那覇で食べたそれより平べったく、そして太かった。道中左側に見た海は雨のせいか遠くは黒ずんでいたものの、砂浜の近くはやはりどうしてか内地にはないエメラルドをしていた。
左右を陸に囲まれて小さなサンゴの島がいくつも点在するラグーンを尻目に、この旅最大の目的へと山道へ入る。前にも後ろにも車はなく一人、車を走らせること30分。あせた青色の軽トラに追いつく。自転車でも追いつけそうなそのスピードに、あえて合わせることで沖縄を感じようとした。しばらくして後ろからもう1台車が追いついてきて、さすがによけた軽トラを僕も抜かして先へ急ぐ。目的のコーヒー農園にたどり着くと、スタッフの方が傘をさして出迎えてくれた。コーヒーを1杯ゆっくりゆっくり口に運んでいるとさきほどの軽トラが目の前を横切った。なかなか見れないというコーヒーの花を見せてもらい、今年の豆は上々だという話も聞かせてもらった。気がつくと雨はあがっていて、2種類ある豆を買ったあとで振り返ると一瞬、日が差した。彼らが大事に育てているというコーヒーの木。1日にわずかな量だけを丁寧に焙煎して、袋につめる。きっとこのコーヒーはこれまで出したどのコーヒーよりあったかくてやさしい味がするはずだ。
農園をあとにすると国頭郡のジャングル道をさらにあがる。ヤンバルクイナとびだし注意の看板が大袈裟に言うわけでもなく30mおきにある。人間などあきらかにアウェーなここはまさに亜熱帯。沖縄県最北端は辺戸岬。この場所は沖縄の海の中でも荒々しい雰囲気の表情を持っている。南の海を期待してまず最初にここへ来てはきっとがっかりするだろう。が、かつてここから向こうは日本という別の国があった。と琉球の純血の子孫はそう言うのかもしれない。日本としての歴史より、琉球王朝としての歴史は明らかに長く、異国情緒あふれる周りの景色からではなく、人々の表情や所作からそれを感じた。沖縄の観光客は増えているという。内地(本州)から沖縄にやってきて飲食店を開く人も多いと聞いた。はっきり言って彼らの店には興味がない。そこにいかなくてもほかである。東京やそこかしこに。・・・とここまで書きなぐっておいて、自分の首を絞めていることに気付く。長野からやってきて鳥取で・・・。全力で言い訳をすると、僕は鳥取に根ざしています。いや、根ざしたいと思っている。しかし彼らは根ざしていない。いいとこどり。那覇ではそれが顕著だ。手付かずの国頭郡は単調な景色(といっても雄大なのだが)で、つい余計なことを考えてしまう。