(前文)
・チャールズ・エルウッド・"チャック"・イェーガー(Charles Elwood "Chuck" Yeager 、1923年2月13日 - )は、アメリカ陸軍及びアメリカ空軍の軍人。
・退役時の階級は、空軍准将。
・公式記録において世界で初めて音速を超えた人物として知られる。
【全文】
・きょうはもっと時代を遡って、NASAの超高速飛行機研究のきっかけとなった「ベルX-1」のお話しをしましょう。
・ベルX-1はアメリカの有人実験機で、世界で初めて水平飛行で音速を突破した"ロケット機"です。
〔NASAが誕生したのが1958年。〕
・1957年に世界初の人工衛星の打ち上げでソビエト連邦のスプートニク1号に先を越されたことにショックを受けたアメリカは、遅れを取り戻すため、それまで空軍、海軍、陸軍でバラバラに行っていた宇宙開発事業を統合することを決め、1958年にNACAを母体として設立された組織がNASAです。
・アメリカの宇宙計画を強力に推し進めたケネディ大統領の就任はそれから2年後でした。
・NASAは軍事を除く宇宙開発計画を担当し、ソ連との宇宙開発競争にあたって国の威信をかけた有人宇宙飛行を推進する体制を構築したのですね。
・じゃあNASAの前身機関、NACAはどんなところであったのか?
・NACAは訳すと「アメリカ航空諮問委員会」。
・航空工学の研究の請負、推進、制度化等を担う役目で1915年に設置された組織です。
NACAの写真
〔時代背景〕
・この時代を駆け足で見てみると、ソ連はスプートニク2号に犬を乗せており、このことからも次に計画されるのは有人宇宙飛行であることは明らかでした。
・このためアメリカは当初弾道ミサイルのてっぺんにカプセルを取り付け、それによって宇宙へ行く計画を立てたのですが、現実的でないと却下されたのです。
・アメリカは有人宇宙飛行を諦めたわけではなく、実際の実現に向けて新たに安全な計画が練られることになりました。
・この計画はマーキュリー計画と呼ばれ、1959年に軍のテストパイロットから7人の飛行士を選び出しました。
・この7人はマーキュリー・セブンと呼ばれています。
・マーキュリー・セブンの選抜過程において、マーキュリー宇宙船のカプセルの大きさによる制約から、候補者は身長180cm 以下、体重82kg 以下でなければなりませんでした。
〔最初の搭乗者達とマーキュリー・セブン〕
・しかしアメリカの衛星に乗って最初に宇宙に飛び出したのはマーキュリー・セブンのメンバーではなく"お猿"さんだったのです。
・マーキュリー・セブンは、その後のNASAがおこなった20世紀のすべての種類の有人宇宙船(マーキュリー、ジェミニ、アポロ、スペースシャトル)にメンバーのいずれかが搭乗したことになりました。
マーキュリー・セブンの写真
〔その頃のNACA〕
・1950年代から世の中は有人宇宙飛行の話題一辺倒だったのですが、そんな情勢を尻目にNACAで黙々と自分たちの研究に明け暮れている一団がありました。
・彼らの目には有人宇宙飛行は自分たちの研究の延長線上のことで、先ずは基礎研究をちゃんとやらなきゃと云うのがあったのです。
・それがロケット機による音速飛行。
・時代は有人宇宙飛行と騒いでいながら、まだ音速飛行すら達成できていなかったのですね。
ベルX-1を吊り下げて飛ぶ様子です
ベルX-1のエンジン燃焼実験
・そんなNACAが着目したのがベルX-1です。
・これはロケットエンジンの飛行機。
・ですが、このエンジンは膨大な燃料を消費するため、自力での離陸を諦め、B-29戦略爆撃機からの発進が必要でした。
・初飛行は1946年です。
ベルX-1のエンジンの写真
〔チャック・イエガーの登場〕
チャック・イエガーの写真
・航空資材本部はテストパイロットの中から志願者を募り、その中からチャック・イェーガー大尉を抜擢。
・このチャック・イェーガーの活躍がまさにアメリカの宇宙開発史にとってなくてはならないものとなったのです。
・彼が音速の壁を破った人類最初の人でした。
・彼が初めて音速の壁を破ったときのことは映画「ライトスタッフ」で詳しく触れられています。
・世の中は有人宇宙飛行の話題で浮きたっているのに、モハーヴェ砂漠のロジャース乾湖に作られた粗末なエドワーズ空軍基地で着々と自分たちの仕事をこなしていたのです。
・実はベルX-1のお話しは、このチャック・イェーガーの人となりがイチバン面白い。
・彼は音速突破の2日前に落馬が原因で肋骨を骨折していたのです。
・これでは搭乗できないので、NACAには内緒で知らぬ顔。
・ところが搭乗してみると、X-1の搭乗口を閉めるには前かがみになる必要があり、骨折の身には困難な姿勢をとらなければならない。
・NACAに知られればテストパイロットから降ろされるのは明らかです。
・それで一計を案じます。
・"モップ"の柄を使って、搭乗口の扉を閉めたのです。
・そうして搭乗したのはいいけれど、なんせ音速を破るのですから、とてつもない「G」がかかります。
・骨折していてダイジョウブなのか?
・結果は人類初の音速を突破した男。
・この辺の件を知りたい方はぜひ映画「ライトスタッフ」をご覧になってください。
・黙々と自分たちの仕事をこなす砂漠の一団と、お猿さんに先を越された宇宙飛行士。
・古き良き時代とともにとても面白く描いています。
・チャック・イェーガーはX-1に妻の名前にちなんで"グラマラス・グレニス(Glamorous Glennis) "という愛称を付けていました。
・現在、この機体はワシントンの国立航空宇宙博物館に展示されています。
ワシントンの国立航空宇宙博物館に展示されている『X-1』
〔機密にされた音速突破〕
・音速突破の事実はしばらくの間公表されず、一般に知れ渡るのは1947年にニューヨーク・タイムズなどがトクダネとして発表した時でした。
・しかしこの後も空軍はノーコメントとし、実際に事実が公表されたのは1948年になってからだったのです。
・このため長い間、チャック・イェーガーの名前も世間には知られていませんでした。
・チャック・イェーガーはその後、NASAと空軍のパイロットを養成する学校 (USAF) の校長を務め、1963年にはF-104戦闘機による高度記録達成に挑みましたが、機体トラブルで機は墜落するも無事生還を果たしてます。
・ベトナム戦争では、南ベトナムおよび東南アジアを担当する第405戦闘飛行隊の指揮官に任じられ、1968年、准将に昇進。
・翌年には第17空軍の副司令官に任じられています。
・1975年に退役しましたがNASAと空軍テストパイロットとアドバイザーは続けました。
(動画)
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