エホバの証人は、記念式は一年で一番重要なイベントとして、大勢の人を誘います。記念式直前まで、公共エリア伝道など、全く知らない人に招待します。研究生とか未信者のご主人とか、不活発な人、最近の調整では、排斥された人も招待します。

 

でも、そもそもなんですが、聖書のことを知らない、信仰のない人からすると、通常の週末の集会や地区大会の方が内容の方がずっと理解でき、楽しめると思います。ましてや、記念式はワインを回したり、パンを回したりとか。完全なる儀式です。JWのことをよく知らない人が、誘われて行ってみたら、なんか儀式を始めたりしたら、ちょっと怖くなりませんか。内容も、イエスの血がどうのこうのとか、飲むべきかの混ざるべきか、とか、天での命か、楽園での命とか、、、

 

確かに、イエスが制定した唯一のイベントではありますが、イエスは、誰でも彼でも招待したでしょうか? イエスは、12使徒のみと会合をしていました。それまでも、それ以降も、イエスに信仰を持ち人も持たない人も含め、大勢の人と会い、いわば集会を開いてきました。野外奉仕の集まりの際には、70人くらいはいたのかもしれません。しかし、この記念式には12使徒以外に最初から誘うつもりはなかったように見えます。さらに、裏切り者であったユダイスカリオテを去らせた後に、記念式を行いました。つまり、本当に信仰のある人、契約に関係のある人とのみ会合を開いて、他の人はいませんでした。

 

なぜそんなにしてまで、全く信仰も知識もない人を記念式に誘うのかわかりません。実際、誘うわれる側の益や便宜をかんげえると、最初に誘われるのが、記念式であるよりも、週末の集会の方が、聞きやすいし、有益だと思います。聖書では、記念式に関しては、山上の垂訓のように、誰でも彼でも誘うようにとは言っていないです。だとしたら、記念式で王国会館が以外で集会を開くため、駅前のホールとかかりでやったりしていますけど、むしろ、記念式に関係なく、週末とかに、新しい人向けのイベントを作ったほうがいいんじゃないかなって思います。

 

 

もちろん、新しい人を記念式に招待する必要ないわけではないと思いますが、1年のうちで一番重要なのは、エホバの証人にとってだと思います。信仰すらない、よくわからない人にもさそっても、参加者にとっても、エホバやイエスにとっても、本当にうれしいことなのかよくわかりません。