「アルジャーノンに花束を」という小説は、知的障害がある青年が、ある手術を受けて驚くべき知能を獲得する物語で、物語は、主人公が書いた「経過報告」という形で進んでいきます。

 この「経過報告」の最初のところと中盤のところを見てください。

 

「けえかほうこく1 3がつ3日 (前略)・・・なぜかというとキニアン先生があのひとたちわぼくのあたまをよくしてくれるかもしれないといたからです・・・(中略)・・・ぼくの名まえわチャーリーゴードンでドナーぱん店ではたらいててドナーさんわ一周かんに11どるくれてほしければぱんやけえきもくれる。ぼくの年わ三十二さいでらい月でたんじょお日がくる・・・(後略)」。

 

「経過報告13 六月十日 (前略)・・・現場の精神科兼脳外科医としては外国語を習う時間などわずかしかないのだと彼は言った。彼が読める古語はラテン語とギリシア語だけである。古代東洋語などはまったく解さない・・・(中略)・・・物理学→場の量子論の域を出ない。地質学→地形学も岩石学さえも知らない。ミクロ経済理論もマクロ経済理論も知らない。変分法の初歩以上の数学についてはほとんどだめ・・・(中略)・・・彼らは天才のふりをしていたのだ。手さぐりで仕事をしている凡人にすぎないくせに・・・(後略)」。

 

 この二つの文章を、約3か月の間に同一の人間が書いたのです。

 

 小説「アルジャーノンに花束を」は、米国の作家ダニエル・キイスが書いたSF小説で、1959年に中編小説として発表され、翌年に「ヒューゴー賞」(最も歴史が古いSF・ファンタジー文学賞)を受賞し、1966年に長編小説として改作され「ネピュラ賞」(米国のSFの賞の中で最も重要な賞)を受賞しました。

 

 あらすじは以下のとおりです(骨子のみです)。

 知的障害者でIQが68しかない32才の青年チャーリー・ゴードン(以下「チャーリー」と言います)は、近所のパン屋で一生懸命に働き、時には意地の悪い同僚からのいじめにも遭いますが、他人を疑うことを知らず、誰にでも親切な、いわば、おとなの体に小さな子供の心を持った優しい青年でした。

 彼はパン屋で働くかたわら、知的障害者専門の学習クラスに通っていました。ある日、担任である大学教授のアリス・キニアンから、開発されたばかりの脳手術を受けるように勧められます。チャーリーは、「頭が良くなれば周りのみんなが僕を好きになって友達がたくさんできる」と思い、手術を受けることにします(←なんと純朴な人間でしょう)。

 先に動物実験で手術を受けたハツカネズミの「アルジャーノン」は、驚くべき記憶力と思考力を取得し、迷路の実験でいつもチャーリーを負かしていました。

 チャーリーの手術は成功し、チャーリーのIQは数ヶ月で68から185へ飛躍的に上昇します。チャーリーは、大学生に混じって勉強することを許され、どん欲に知識を吸収していき、大学の教授さえ彼には敵わないようになりました。しかし、頭脳が明晰になるにつれ、これまで友達だと思っていた仕事仲間に実際はいじめられていたことや、自分の知能の低さにより母親に捨てられたことなどが理解できるようになり、苦悩します。

 チャーリーは、かつては自分の先生であったアリス・キニアンがとても魅力的な女性であることが分かり、彼女に恋をします。しかし、高い知能に反して感情が幼いままであったので、女性としての彼女を求めているのに、どうしても拒否反応が起きてしまいます。

 また、突然急成長した天才的な知能と感情のバランスが取れず、自尊心が高まり他人を見下すようになったチャーリーからは、徐々に周囲の人間が離れて行き、手術前には考えもしなかった孤独感を覚え苦悩するようになります。

 ある日、自分より先に脳手術を受けていたハツカネズミのアルジャーノンが、迷路の実験でしばしば間違うようになります。やがて全く迷路を抜け出せなくなったアルジャーノンはその場にうずくまり動かなくなりました。

 その原因を自身で調査したチャーリーは、この手術には欠陥があり、一時的に知能を発達させるが、ピークに達した後に元よりも下降してしまうということを突き止めます。

 チャーリーは、徐々に自身の知能が失われて行く中で、絶望感と戦いながら退行を食い止める手段を模索しますが、知能の退行を食い止めることはできず、やがて元の知的障害者へ戻ってしまいます。

 そして、チャーリーは、自らの意思で、かつて働いていたパン屋に向かいます。チャーリーの状況を理解した元同僚たちは、チャーリーを苛めようとする新入りを殴りつけてチャーリーを守ろうとします。

 また、チャーリーは、自然に、かつて通っていた知的障害者の施設に向かい、キニアン先生(あえて「キニアン先生」と言います)のクラスの昔の席に座っていました。教室に入って来たキニアン先生は、チャーリーの顔を見ると、泣きだして教室から出て行ってしまいました。チャーリーは思いました。「ありゃりゃ、ぼくわまたチャーリーゴードンそこのけをやっちゃった」。

 そして、最後の経過報告に次のように書きます。

 「(前略)・・・どうしてまたばかになてしまたかぼくがなにかわりいことをしたかわからない・・・(中略)・・・どおかニーマーきょーじゅ(手術を担当した教授)につたいてくださいひとが先生のことをわらてもそんなにおこりんぼにならないよおに、そーすれば先生にわもっとたくさん友だちができるから。ひとにわらわせておけば友だちをつくるのはかんたんです。ぼくわこれから行くところで友だちをいっぱいつくるつもりです」。

「ついしん。どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやてください」。