皆さんは「谷口ジロー」(以下「谷口ジローさん」と言います)という漫画家をご存じでしょうか。日本よりむしろ海外での評価のほうが高い人かもしれません(例えば、フランスで「芸術文化勲章シュヴァリエ」という賞を受賞しておられます)。一般的には「孤独のグルメ」の作画を担当した人といえば通りがいいかもしれません。谷口ジローさんのことについては、別の稿で少し詳しくお話ししたいと思っていますが、今回は、谷口ジローさんの「犬を飼う」という作品、及び、同じ題名の作品集についてお話ししたいと思います。
どのぐらい前になるでしょうか・・二十数年前だと思いますが、近所の古本屋で、谷口ジローさんの作品集「犬を飼う」を買いました。この作品集には5本の短編が収録されており、「犬を飼う」はその表題となる作品でした。
私はそれまで谷口ジローという漫画家を知りませんでした。それなのに、なぜその時この作品集を買う気になったのかということですが、私の勘違いがその発端でした。その頃、「中野孝次」という小説家・ドイツ文学者の方が書かれた「ハラスのいた日々」という小説がベストセラーとなっていました。この小説は、中野孝次さんが飼っていた「ハラス」という名前の柴犬と過ごした日々を描いたもので、テレビドラマや映画にもなり、大変な人気でした。私は、古本屋で谷口ジローさんの作品集「犬を飼う」をパラパラと立ち読みして、この「犬を飼う」という作品が、てっきり「ハラスのいた日々」を漫画化したものだと思い込んでしまったのです(私は「ハラスのいた日々」を読んでいませんでした)。
そのような勘違いはあったのですが、立ち読みした時に、なにか引き込まれるような気持になり、作品集「犬を飼う」を買いました。この作品集の「思い出すこと」という後書きを読んで、谷口ジローさんの家で飼っていた15才になる犬が、この作品集が発刊される2年前に死んだことを知りました。「犬を飼う」は、谷口ジローさんの愛犬との思い出を描いたもので、「ハラスのいた日々」を漫画化したものではありませんでした。お恥ずかしい話です。
この「犬を飼う」という作品は、年老いた愛犬「タム」が死ぬまでの最後の9か月余りの、作者とその妻とタムの日常生活を描いたものでした。筆致としては淡々としており、ドラマとして盛り上がるところはあまりありません。作品の後半は、次第に寝たきりとなるタムを看病する場面ばかりです。しかし、ついに自宅の玄関でタムが死ぬ場面になって、私は、自分も心から悲しんでいることを知りました。年老いた愛犬が死ぬまでの様子を淡々と描いただけの作品なのに、なぜこんなに自分の心を打つのか、と思いました。偶然ではありましたが、この作品に出合うことができて、私は本当に幸運だったと思いました。
この作品は、「ビッグコミック」という漫画雑誌に掲載された後に、大きな反響を呼び、「小学館漫画賞審査委員特別賞」という賞を受賞しました。この漫画に心を動かされた人は私だけではなかったのです。
後に知ったことですが、谷口ジローさんは、このような淡々とした筆致の作品だけでなく、私立探偵を主人公にしたハードボイルドの「事件屋稼業」(原作:関川夏央)、本格山岳漫画「神々の山巓(いただき)」(原作:夢枕獏)などの、多彩な作品を描いています。
私は、谷口ジローさんの作品で読んでいない作品も多いのですが(これからの楽しみです)、この方の作品の素晴らしさについて、別の稿で私なりにお話しできればと思っています。
※ 「X」に画像を投稿しました(2023.11.10)。
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