「帰らざる日々」は1978年に公開された映画で、藤田敏八監督の作品です。中岡京平さんの「夏の栄光」という小説を映画化したものです。「帰らざる日々」という題名は、「アリス」というフォークグループが歌っていた曲と同じ題名です。

 今はあまり見かけませんが、1960年代から1970年代にかけて、ヒット曲の題名をそのまま題名にした映画がかなり作られました。1960年代には、坂本九さんの「上を向いて歩こう」、石原裕次郎さんの「銀座の恋の物語」などのヒット曲と同じ題名の映画が公開されました。フォークソング全盛の1970年代には、「かぐや姫」というフォークグループが、いわゆる「四畳半フォーク」と言われた曲で立て続けにヒット曲を出し、そのヒット曲である「赤ちょうちん」、「妹」、「神田川」と同じ題名の映画が公開されました。

 この三作の映画のうち、「赤ちょうちん」と「妹」は、「帰らざる日々」の監督である藤田敏八さんが監督でした。私は、藤田敏八監督の作品は、1967年に公開された「非行少年 陽の出の叫び」という映画を2番館で見ていて、この映画については正直なところあまり良い印象を持っていませんでした。その後、1974年に公開された「妹」を見たんですが、「ストーリーがあるような無いような映画」と思えて、林隆三さんが変なメガネをかけていたこと、秋吉久美子さんのきれいなヌード、伊丹十三さんのオカマのような演技ぐらいしか覚えていませんでした。

 このように、藤田敏八監督の作品にはあまり良い印象を持っていなかったのに、なぜ「帰らざる日々」を見たのか、今となってはよく分かりません。アリスの帰らざる日々が好きだったことは確かです。

 今では、「帰らざる日々」は本当に素晴らしい映画だと思っています。この映画を初めて見た時は、藤田敏八監督についての印象が悪かったので、この人はこんなしっかりした映画を作る人なんだと驚きました(大変失礼な言い方で申し訳ありません)。

 短い文章で書くのは難しいのですが、あらすじを話します(骨子です)。カッコ書きは演じていた役者さんです(敬称略)。

 1978年の夏、主人公の野崎辰夫(永島敏行)はバーのボーイをしながら小説家を目指している。同じ店のホステス西蛍子(根岸とし江)と同棲している。父親が交通事故で死んだとの連絡を受け、新宿発の駒ケ根1号に乗り、故郷である長野県飯田市に向かう。ダメだと言ったのに、こっそりと蛍子も乗っている。列車の中で、偶然、同級生だった田岡(丹波義隆)に会い、高校生だった頃を回想する。舞台は1972年の夏に飛ぶ。高校生だった辰夫は、喫茶店のウェイトレスをしている竹村真紀子(浅野真由美)に密かに心を寄せている。辰夫が友達とその喫茶店にたむろしていると、同じ高校の男が店に入ってきて、真紀子から半ば強引に金を受け取り、店を出ていく。この男は辰夫と同じ高校の黒岩隆三(江藤潤)という男で、いわゆる「ワル」である。真紀子とはいとこ同士である。校内マラソンで隆三を見つけた辰夫は、喫茶店で見たことが心をよぎり、隆三を挑発し、隆三もそれに腹を立て、二人はムキになって、山越えの道で競い合う。その後、殴り合いのケンカなどもしたが、次第に辰夫と隆三は仲が良くなる。辰夫の父親は外に女を作って家には帰ってこない。隆三は、どのような事情かは分からないが一人で暮らしていて、親戚の間の評判は良くない。屈折した心を持つ二人が魅かれあったのだろう。隆三は競輪の選手を目指していて、それが唯一の心の支えである。夏休みに、辰夫と隆三は、天竜川下りの船を運ぶバイトをした。炎天下の過酷な労働である。二人の上空に吊り上げられた船が、ウインチの故障で突然落下してくる。「危ない!」と辰夫を突き飛ばした隆三は、足を挟まれてしまう。「俺の足が、足が・・・」。競輪の選手になる夢は砕け散った。

 ここで舞台は1978年の夏に戻る。辰夫の父親は、飲酒運転をして対向車線からはみ出してきた車と正面衝突して死んだ。辰夫は、偶然目にした新聞により、相手の車を運転していたのは隆三だったことを知り、愕然とする。隆三が入院している病院に行くと、隆三は意識不明の重体である。その夜、通夜の席に、隆三の妻が「お線香をあげさせてください」と来る。辰夫が「隆三は・・」と聞くと、首を振り泣き崩れる。隆三は死んだ。

 何日かして、辰夫は、高校時代に走ったあのマラソンの山道を走っていた。なまった体であえぐようにして。その場面に、ピアノの前奏が静かに流れ、アリスの帰らざる日々が歌われる。

 高校時代に、辰夫と隆三がムキになって競い合い、ユーモラスに描かれていた山道が、ラストでは悲しみの場所になるという演出。何度見ても胸が痛みます。

 

 

 

 なお、音楽は石川鷹彦さんが担当しています。アコースティックギターの名手です。「風」というグループの「22才の別れ」という曲のイントロが有名です。