「祭りの準備」は1975年にATG(日本アートシアターギルド)により公開された、黒木和雄監督の映画です。公開は私が19才のときです。

 この当時、私は名画座でよく映画を見ていて、祭りの準備は池袋の文芸地下かどこかで見たと思います。名画座というのは、すでに公開が終わった名作を2本立てか3本立てにして安い値段で見せてくれる映画館のことで、東京では都内各地にありました。東京に住んでいることで、若い頃に良い映画がたくさん見れたことは、本当に幸せだったと思います。名画座については、また別の稿で書きたいと思います。

 私は、黒木和雄監督の作品はあまり見ていなくて、こうやって書くことが恥ずかしいのですが、この映画については、若い頃強烈な印象を受けたので、僭越ながら書かせていただきます。

 この映画は、1975年のキネマ旬報ベストテン第2位になっています。

 映画の舞台は昭和30年代の高知県中村市(原作・脚本の中島丈博さんが育った町とのことです)で、主人公の沖盾男は、信用金庫に勤めながらシナリオライターになることを夢見ている青年ですが、自分の周りで起きるのは男と女のどろどろした話ばかりで、理想と現実の間で苦悩します。そして、いろいろな事件が起き、悩んだ末、母親にも告げずに東京へ旅立ちます。

 19才のときに私はこの映画を見たわけですが、世の中にこんな世界があるのかと本当に驚き、嫌悪感さえ覚えました。しかし、人生経験を積むにしたがって、徐々に心の中に染みてきました。

 先日、中古のDVDを購入して、本当に久しぶりにこの映画を見ました。心に焼き付いていた場面はそのままでしたし、嫌悪感さえ覚えていた男と女の挿話が妙に心にしっくり来ました。もっとも、私の人生ではそのようなことはなかったのですが。

 

 

 以下、登場人物ごとに、心に残っていることを書いていきます。カッコ書きは演じていた俳優さんです。

《沖盾男(江藤潤)》

 主役です。江藤潤さんは、この映画に出るまでは、いくつかのテレビドラマに出演しておられたようですが、映画の出演は初めてで、当時の宣伝用ポスターにも「新人」とカッコ書きで書いてあります。周りの出演者の方がベテランばかりの中で、体当たりの演技というか、素っ裸で叫びながら海辺を走るなどという場面も演じています。

《中島利広(原田芳雄)》

 主人公盾男の家の向かいの家の次男です。盾男とは幼馴染ですが、非常に粗野な男で、道で盾男と会うと挨拶代わりに股間を掴んでくるような男です。最後にはとうとう殺人を犯してしまい警察に追われることになります。

 原田芳雄さんの演技は本当に素晴らしく、粗野なんですがなんだか不思議なおかしみがあって、思わず笑ってしまう場面がいくつもあります。

 圧巻は、やはりラストシーンだと思います。もう伝説になっているのではないかと思うのですが、主人公盾男が東京に行くために駅で列車を待っていると、ボロボロの服を着た利広が現れて「金を貸せ」と言います。利広は盾男が差し出した金をいったんは受け取りますが、盾男が誰にも告げずに東京に行くということが分ると、その金を盾男に返し、頑として受け取ろうとしません。もうすぐ発車する列車の乗降口で向かい合う二人。ドアが閉まり列車が動き出します。すると、利広は自分も走り出します。そして、走りながら「バンザイ!」、「バンザイ!」と何度も何度も叫びます。利広もいいヤツなんです。なんで人を殺すようなことになってしまったのか、見ていて心が痛みます。

《上岡涼子(竹下景子)》

 主人公盾男の憧れの人です。とても真面目な性格で、仕事の後でオルグに積極的に参加したりしています。オルグというのは説明が難しいのでそのまま使わせてください。しかし、都会から来たオルグの指導者に憧れるあまり、その男と関係を持ってしまいます。その後、タガが外れたようになって盾男に迫り、盾男とも関係を持ってしまいます。その後大変な事件があり、二人の関係は破綻します。

 その当時清純なイメージがあった竹下景子さんが、体当たりの演技でヌードになったりしています。ちょっと化粧が濃いのは意図的なものだったのでしょうか。

 そのほかに、外に女を作って家に帰らない盾男の父(ハナ肇)、そんな夫に憎しみを持ち盾男だけが生きがいの母(馬渕晴子)、老いらくの恋が破れて首吊り自殺する盾男の祖父(浜村純)などなど、本当に実力のある方々が脇を固めて、素晴らしい映画になっています。

 もっと書きたいのですが、とめどがなくなってしまいますので、このあたりで。